抄録
【目的】
 理学療法を行う際,ベッド上の患者に対し前かがみ姿勢を持続することがあり,腰部の筋疲労感を経験することが多い.筋は疲労することで収縮力の低下が生じることは一般に知られているが,前かがみ姿勢で脊柱起立筋が疲労した際の下肢筋の筋活動については明らかではない.したがって本研究では脊柱起立筋が疲労した状態で引き上げ動作を行う場合,どのように体幹・下肢の筋活動が変化するのかを筋電図学的に明らかにすることを目的とした.
【方法】
 対象は,神経学的及び整形学的疾患を有さない健常男性9名(平均23.1±3.9歳)とした.
引き上げ動作の外部負荷には,竹井機器工業社製のデジタル背筋力測定器と背筋力アタッチメントを使用し,引く力の計測を行った.被検者の右肩峰と大転子を体幹前傾角度の目安とした.立位で肘,膝関節は伸展位とし,腰椎の前彎角度は自由とした.筋活動の計測にはNoraxon社製の表面筋電計を使用した.被検筋は右側L3とL5レベルの脊柱起立筋,腹直筋,腹斜筋群,広背筋,大殿筋,大腿二頭筋とした.表面電極をそれぞれの筋腹上に貼付した.サンプリング周波数は4kHzとした.はじめに体幹前傾30度にて最大随意発揮(MVE)を5秒間行い,引く力の目標値を設定した.その後,体幹前傾角度30度でMVEの60%を1分間持続する運動中の筋活動を記録した.得られた1分間の筋電図のうち,初期,25%,50%,75%,最終の各5秒間のデータを抽出して解析に用いた.はじめに1秒ごとに周波数解析を行い中間周波数(MF)を算出し,5秒間の平均値を求めた.次に全波整流後,5秒間の平均積分値を求め,各筋の5秒間の最大随意収縮(MVC)を基準に正規化(%MVC)した.統計処理はMFと%MVCのそれぞれで一元配置分散分析と多重比較検定を行い,運動の持続による変化を検討した.有意水準は5%未満とした.
【結果】
 MFの一元配置分散分析ではL3とL5の脊柱起立筋にそれぞれ有意差が認められた.L3のMFの平均値は時間経過の順に64.6Hz,59.3Hz,53.1Hz,47.5Hz,45.8Hzであった.L5のMFの平均値は94.8Hz,86.7Hz,79.9Hz,71.2Hz,66.4Hzであった.多重比較検定の結果,L3とL5の脊柱起立筋ではともに,初期と50%の間,初期と75%,25%と75%の間,初期と最終,25%と最終,50%と最終の間にそれぞれ有意差があり,時間の経過と共に減少した.%MVCでは広背筋と大殿筋に時間の経過と共に増加する傾向がみられた.
【考察】
 前かがみ姿勢での引き上げ動作において,疲労により脊柱起立筋の体幹伸展モーメントが減少するような状況では,広背筋,大殿筋の筋活動を増加させて脊柱起立筋を代償していると考える.