抄録
【目的】複雑多様な症状を呈する脳卒中も様々な切り口から評価することが病態の把握や予後の予測に役立つ。本研究の目的は患者属性と麻痺側別にみた随伴症状の出現率が歩行の自立にどの程度関与しているかを明らかにすることである。
【方法】1994年4月から2005年4月まで当院で入院治療を行った脳卒中患者のうち初期評価時自立歩行不能だった発症1ヶ月以内の153例[年齢:74.0±9.9歳(44-89歳)、脳梗塞116例、脳出血36例、SAH 1例、右麻痺72例、左麻痺81例、初期評価迄の平均病日:11.1±6.2日(0-31日)]を対象とした。なお多発性脳硬塞・パ-キンソン症候群・両側麻痺例は除外した。また、歩行自立とは病室-トイレ間を一人で安全に歩行可能な状態とした。
方法として以下の項目を独立変数及び従属変数としたStepwise重回帰分析・多重Logistic回帰分析を行った。[従属変数];麻痺側、[独立変数];性別・年齢・病型・理解力・下肢Br.stage、心疾患・意識障害・関節位置覚脱失・肥満・半側空間無視(以下、半側無視)・pusher症候群・失調症状・めまい・構音障害・失語症の有無・経口摂取の可否。また各変数における麻痺側別の歩行獲得率をt検定で比較しグラフ分布型から視覚的に整合性を確認した。解析にはStatview5.0(Macintosh版)を用い有意水準を5%とした。
【結果】退院時に歩行が自立した72例は、左麻痺は35例(43.2%)、右麻痺は37例(51.4%)であった。解析の結果、半側無視と失語症が選択され(採用F値4.0)、Odds比(95%CI)は2.1(1.1-4.0)、0.1(0.03-0.3)で有意であった(p<0.05)。半側無視は左麻痺(右麻痺の2.3倍)に、失語症は右麻痺(左麻痺の10倍)に多かった。なお半側無視を合併した31例中、歩行自立は12例で19例(63.3%)は非自立だった(p<0.05)。左麻痺群で自立した者は22例中7例(31.8%)、右麻痺群で自立した者は9例中5例(55.6%)だった。失語症を合併した30例中、歩行自立は9例で21例(70%)は自立に至らなかった(p<0.01)。左麻痺で合併した4例中3例、右麻痺で合併した26例中18例は非自立であった。麻痺側別にみた歩行獲得率は女性の左麻痺群、半側無視の左麻痺群、失語症の右麻痺群で有意に低く(p<0.01)、他の変数においては全て左麻痺群で低い傾向にあった。
【考察】従来報告されているように半側無視と失語症が麻痺側に関連すると共に歩行の自立を推測できる重要な要因であることが確認された。臨床的にも半側無視例は注意力に乏しく歩行自立に至らない印象が強いが今回はそれを統計学的にも裏付ける結果となった。しかし若齢患者においては歩行自立例もあり早計に断定せず注意深く観察する必要がある。一方、失語症合併例は理解力不良な例が多く麻痺側に拘わらず歩行獲得率が30%以下と著しく低くなることが分かった。なお女性の左麻痺のみ有意に歩行獲得率が低いのは興味深いことである。