抄録
【はじめに】立ち上がり動作は、日常生活の中で幾度となく繰り替えされる基本的動作の一つである。立ち上がり動作の分析では、体幹部分は柔軟性のない剛体モデルとして扱われることが多く、動作中の体幹運動を分析した報告は少ない。本研究では体幹を上部体幹と骨盤に分け、立ち上がり動作中の体幹運動ついて身体重心位置との関係から分析することを目的とした。
【方法】研究の趣旨と内容の説明を行い、参加の同意を得られた健常成人12名(男性5名、女性7名、平均年齢28.8±5.8歳)を対象とした。分析課題は下腿長軸を鉛直位に保った状態で下腿長と同じ高さの座面からの立ち上がり動作とし、三次元動作解析装置(VICON MOTION SYSTEMS社製VICON612)と床反力計を用いて計測した。身体標点として被検者の剣状突起・Th7棘突起と両側の肩峰、ASIS、PSIS、股関節、膝関節、足関節・第5中足骨頭にマーカーを貼付し、標点位置から矢状面に投影された上部体幹および骨盤の前傾角度・身体重心位置を算出した。算出したデータは動作開始から終了までで正規化し、5回のデータの平均を求め被検者の立ち上がりデータとした。また座面から臀部が離れる(以下臀部離床)時期は離殿スイッチを作成し計測した。
【結果】立ち上がり動作の平均時間は1.73±0.3秒であった。また臀部離床期は動作開始から33.1±0.05%の時期であった。平均最大上部体幹前傾角度は42.9±10.8°で動作開始から42.2±5.15%の時期に、平均最大骨盤前傾角度は27.7±10.1°で動作開始から53.8±7.36%の時期に見られた。身体重心の平均移動距離は前後方向で32.1±4.1cm、上下方向は32.8±8.8cmであった。
【考察】本実験では、動作開始後から骨盤に比較して上部体幹がより前傾することによって体幹屈曲が起こり、このことにより身体重心位置は前方へと移動したと考えられた。そして身体重心が前方だけでなく上方へも移動し始める時期は臀部離床後の上部体幹が後傾に転じる時期と同期していた。その後、身体重心は急激に上方へ移動するが、骨盤が後傾に転じる時期と身体重心の前方移動が減少する時期は同期していた。このとき前方への重心移動に対しブレーキをかけていると思われる床反力前後方向成分の変化が確認できたことから、腰椎の伸展が身体重心の前方への移動を制御している可能性が示された。臨床場面において、下肢の筋力はある程度保たれているが脊柱に変形のある高齢者やコルセットを使用している患者の立ち上がり動作が健常者の行うパターンと異なることが多いこととあわせて考えると、腰椎の屈伸運動が立ち上がり動作中の身体重心の制御に関与している可能性が示唆された。今後、立ち上がりが困難な症例の体幹運動のパターンと身体重心との関係を詳細に検討しその役割を明確にしていきたい。