抄録
【目的】
近年ゲーム実施動作を運動療法として捉え、「楽しみながら」身体機能の維持改善を図る報告が見られるようになった。その意図は妥当であっても、改善方法としての妥当性を検討したものは少ない。今回我々はモグラ叩きゲームを選択し、これまでに本学会で報告してきた結果を基に高齢者の立ち上がり動作改善に焦点を当て、より効率的な提供方法と運動療法としての妥当性を検討する目的に実験をおこなった。
【方法】
対象は介護老人保健施設利用者15名。平均年齢76.8歳。加速度測定は携帯型加速度計AC-301GMS社製(ACT)を、ゲーム機はYUBISU製対抗モグラ2を使用した。測定はACTを腰部に装着し、椅子からの立ち上がり動作上下方向の加速度最大値・合成加速度・動作波形を測定した。動作波形は椅坐位からの立ち上がりを各相に分けて比較した。初回測定後、1ヶ月の運動実施期間を経て最終測定をおこなった。運動療法は週3回、毎4ゲームを実施した。15名の対象者を着座位置から打撃目標点までの距離別に、無作為にFunctional reach test(FR)の40% (手前)群とFRの80% (奥)群の2群に割り付けた。両群間に統計的有意差は無かった。研究にあたり被検者に十分に説明を行い同意を得た。統計学的検定には、Wilcoxonの符号付順位和検定を用い、有意水準を5%以下とした。
【結果】
介入前後の比較では、手前群の加速度最大値・合成加速度に有意差は無く、波形にも著名な変化は認められなかった。奥群の上下方向加速度最大値(p<0.03)、合成加速度(p<0.02)は有意に増加した。両群の動作波形の変化は、奥群の第2相の波形が滑らかに移行し、若齢者の波形に近似した。手前群の波形は、奥群に対し第1相・第2相ともに上下方向の非定型な振幅が有意に大きく測定された(p<0.04)。
【考察】
加速度波形は、第1相の下方への移動が骨盤の前傾にあたり、第2相以降の上方への移動が体幹と下肢の伸展に相当する。奥群にのみ改善が生じたのは、FR80%の位置を打撃するゲーム動作と立ち上がり動作が、強い相関(r=0.79)を持つ類似動作であり、立ち上がり練習を繰り返したことと同様な効果が得られたからであると考える。FR40%では運動としての負荷が不十分であったことが推察された。高齢者の運動学習には複雑な運動より、「簡単」な目的に直結した動作の反復が有用であるとされている。通常は難渋する単純動作の反復も、練習として意識されない「遊び」であったために反復継続が可能となり、結果につながったと考察された。
【まとめ】
様々な健康増進法が提唱されているが、教育・啓発という名の強制や指導ではなく、内発的な「楽しさ」を誘引とした能動的運動継続法について論議が必要だと考える。動作特性や負荷量を顧慮しない「単なる遊び動作」では運動療法としての妥当性に欠けると考える。