抄録
【目的】高齢者や脳血管障害片麻痺患者において、入浴動作や靴の着脱動作など座位で下肢を挙上しなければならない場面は日常生活において多々みられる。臨床場面においても下肢挙上が困難な症例を頻繁に経験するが、それに関しての運動力学的に分析した論文は数少ない。そこで、本研究では健常者の体幹の運動に着目し、運動力学的な知見を得ることを目的とした。
【方法】被験者は本研究の説明を受け参加に同意を得た健常者12名(男性6名、女性6名、平均年齢24.6±4.2歳)とした。実験方法として、木製の台に股関節と膝関節が屈曲90°となるように座り、大転子から降ろした垂線より3横指外側からナイロンテープを付けた。動作開始姿勢は体幹、骨盤中間位とし、右足底が床面に設置した状態で、左下肢でナイロンテープをまたぐ動作を行わせた。動作時の姿勢および速度は任意とした。動作中の三次元位置を三次元動作解析装置(Locus MA6250アニマ社製・カメラ4台・サンプリング周波数60Hz)で計測し各関節角度を求めた。マーカーは被験者の頭頂、両側肩峰、第7頚椎、第7胸椎、第12胸椎、第2仙椎、腸骨稜、股関節、膝関節裂隙、外果、第5中足骨骨頭に設定した。各関節角度を以下に示す。頭頚部では垂線と頭頂・第7頚椎のなす角を頚椎角度(以下C)、第7頚椎・第7胸椎・第12胸椎のなす角を胸椎角度(以下T)、第7胸椎・第12胸椎・腸骨稜のなす角を上部腰椎角度(以下L1)、第12胸椎・腸骨稜・第2仙椎のなす角を下部腰椎角度(以下L2)とした。今回、第5中足骨骨頭につけたマーカーの床面から最大鉛直方向移動時の矢状面体幹関節運動を分析対象とした。
【結果】Cは全被験者に屈曲方向への運動が認められた。Tは10人に屈曲運動がみられ、その時のT最大屈曲角度は、平均22.3°±21.8°であった。屈曲運動がみられなかった被験者が2名であった。L1は屈曲運動を認めた被験者が8人(以下L1屈曲群)であり、T屈曲に伴い相対的にL1が伸展した被験者が4人(以下L1伸展群)であった。L1屈曲群のT最大屈曲角度が、平均14.1°±15.1°に対し、L1伸展群のT最大屈曲角度は、平均38.5°±25.9°であった。両群に対して対応のないt検定にて比較を行った結果有意差を認めた。(p<0,05)L2は一定の傾向は認められなかった。
【考察】今回の結果からまたぎ動作時にC及びT、L1の屈曲により上半身の質量分布を前後に振り分けているものと考えられる。また、T屈曲角度が少ない被験者ではL1が優位に働き、T屈曲角度が大きい被験者ではL1がほとんど働かない傾向にあることが示された。今後、さらに被験者数を増やし、前額面及び水平面を含めたより詳細な分析を行っていく。