抄録
【はじめに】バランスマット上での歩行は、身体バランスを不安定にした状態での運動療法として導入されている。バランスマット上の歩行が不安定になるのは、バランスマットが足部の接地、加重によって形状を柔軟に変化させることによる外乱作用と、足底部への感覚入力の減少が考えられる。後者についてはすでに報告されているが、前者の外乱作用については明確にされておらず、バランスマット上での歩行により足部に外乱作用が生じているかは確認されていない。そこで、本研究ではバランスマット上の歩行における足部への前額面上の外乱作用を足圧中心の変位量を用いて定量化し、また、身体への影響を、前額面上の身体重心の動揺と安定性限界値(Hof, 2006)により定量化することで平地歩行と比較し検討した。
【対象と方法】対象は健常成人男性4名(平均年齢21.8 ± 2.1歳、平均身長167.0 ± 4.9cm、平均体重64.0 ± 4.1kg)であり、事前に研究内容の説明を十分に行い、同意を得た。測定では、7mの歩行路での平地歩行と、歩行路にバランスマットを敷き詰め、その上での歩行(以下マット歩行)を行わせた。剛体モデルにて身体重心位置を算出するため、赤外線マーカを、頭頂と両側の肩峰、大転子、膝裂隙、外果、第5中足骨頭の計11点に貼付し、各体節の位置を三次元動作解析装置で計測した。また、床反力計を同期して用いた。試行回数は各条件7回とした。解析項目は、1歩行周期中の足圧中心の軌跡の前額面上の最大変位量(以下COP最大変位量)、身体重心の前額面上の最大変位量(以下身体重心最大変位量)と歩行速度とした。また、動的場面での身体動揺を客観的に評価するために安定性限界値を算出した。安定性限界値は、身体重心位置に身体重心速度を加味させた推定身体重心位置と支持基底面外側縁の距離であり、安定性限界値が負の値になること、すなわち推定身体重心位置が支持基底面から外れることで身体は不安定な状態になるとされている。本実験では、両側第5中足骨頭の位置座標により前額面上の支持基底面外側縁を規定した。
【結果】COP最大変位量は、平地歩行3.2 ± 0.9cm、マット歩行2.4 ± 0.8cmであり差はなかった。身体重心最大変位量は、平地歩行4.3 ± 0.8cm、マット歩行3.9 ± 0.6cmであり差はなかった。安定性限界値は平地歩行8.5 ± 0.5cm、マット歩行7.7 ± 0.9cmであり差はなかった。歩行速度は平地歩行9.5 ± 0.4cm/s、マット歩行9.1 ± 0.6cm/sであり差はなかった。
【考察】マット歩行時のCOP最大変位量は、平地歩行時と比べて差がなかったことから、マット歩行において、バランスマットの形状が変化することによる外乱は健常若年者に対して不安定な状態を生じさせるほどのものではないと考えられた。そのため、身体重心最大変位量、安定性限界値、歩行速度においても、マット歩行と平地歩行で差が生じなかったと考えられた。