抄録
【目的】普段私たちは関節可動域の改善を図るアプローチとして、運動方向に関節運動を繰り返すことや、制限因子となる筋にストレッチを加えるなどの方法を実施している。また、筋膜に着目して行うこともある。我々は第39回日本理学療法学術大会において、健常者に対し、特に下腿が特有にもっている静脈血の滞留という問題に注目し、これに圧擦を加えることで足関節の背屈角度の増加が得られたことを報告した。本研究の目的は、このアプローチが脳卒中片麻痺患者にも有効なものであるのか調べることである。
【対象】研究の趣旨を説明し、同意が得られた脳卒中片麻痺患者25名(男性15名、女性10名)を対象とした。平均年齢は70.3±10.6歳であった。右片麻痺12名、左片麻痺13名で下肢Br.stage1:0名、2:3名、3:9名、4:8名、5:4名、6:1名であった。下腿部に骨折の既往のある患者は除外した。
【方法】静脈血流に着目した腓腹筋へのアプローチとは、膝窩部の腓腹筋内側頭と外側頭の中点に2分間の圧擦を加えるものである。今回は背臥位または座位姿勢となった対象に、同一PTが左右両側に実施した。膝窩部への圧擦前後の膝関節伸展、膝関節伸展位での足関節背屈の関節可動域を他動的に測定し角度を比較した。関節角度の測定にはSmith&Nephew Rolyan 社製のゴニオメーターを用い、1度単位で3回測定の平均値を求めた。統計処理にはt検定を用いた。
【結果】膝窩部への圧擦前/後の膝関節伸展角度の平均は、非麻痺側-2.3/-2.0度、麻痺側-5.6/-4.2度で、麻痺側では有意差が認められた(p<0.01)。膝関節伸展位での足関節背屈角度の平均は、非麻痺側1.6/4.0度(p<0.001)、麻痺側-4.5/-2.9度(p<0.01)で共に有意差が認められた。
【考察】静脈血流に着目した腓腹筋へのアプローチが健常者のみならず、脳卒中片麻痺患者に対しても効果があるか検討した。アプローチ後、膝関節伸展角度および足関節背屈角度の拡大が得られたことから、静脈血が滞留しやすい部位への圧擦は腓腹筋自体の伸張性に影響をおよぼしたと考えられた。非麻痺側の膝関節伸展角度では有意差は認められなかったが、膝関節伸展位での足関節背屈角度において有意な差が認められており、腓腹筋に対する効果は得られていたと考える。関節、筋ではない部位である膝窩部へのアプローチは関節可動域制限改善のアプローチとして有効であり、筋緊張の異常などがみられる脳卒中片麻痺患者においても有効な手段であると考えられる。