抄録
【はじめに】多発性硬化症(以下MS)患者において,体温の上昇により運動機能の低下が生じること(Uhthoff現象)が知られている.また,先行研究においてUhthoff現象による症状はcoolingにより緩和されることが報告されている.しかし,MS患者に対する理学療法において運動中にcoolingを施行し,その効果を検討した報告は少ない.今回我々は同現象を呈するMS患者の理学療法施行時にcoolingを行い,その効果について運動能力と神経症状から検討したので報告する.
【症例】45歳, 女性. 1982年MS発症.その後,再発・寛解を繰り返し,2006年2月左下肢のしびれが出現し, 同年6月以降,右下肢筋力低下及び痙性歩行出現のため歩行困難となる.精査・加療目的にて同年8月当院神経内科に入院となる.
【神経学的所見】両側下肢表在・深部感覚軽度低下,両下肢痙性(Rt>Lt), 四肢腱反射亢進(2+).
【方法】症例に対し,トレッドミル歩行(0.7km/h)を室温下,cooling下の2条件下にて2日間行わせた.歩行時におけるcoolingは,扇風機による送風にて行った. 歩行の終了は自覚的に運動遂行が不可となった時点とした.測定項目は,各条件下における歩行距離(D),連続歩行時間(T),腋窩体温変化量(ΔBT),Borg scale変化量(ΔBorg),脈拍変化量(ΔPR)とした.
【結果】1日目,2日目における各パラメータの変化(室温下/cooling下)を以下に示す.1日目;D[m]:70/140,T[sec]:407/727,ΔBT[°C]:+0.3/+0.2,ΔBorg:+1/+3,ΔPR:+9/+17.2日目;D[m]:80/120,T[sec]:438/658,ΔBT[°C]:+0.3/+0.1,ΔBorg:+2/+3,ΔPR:+16/+12.神経学的所見として各条件下ともに歩行終了時には足関節背屈の筋力低下, 両側下肢痙性の増強が観察されが,cooling下におけるそれらの出現は室温下と比較して遅延していた.
【考察】先行研究において,MS患者では体温上昇により中枢神経系における神経伝導ブロックが惹起され,運動機能を低下させることが報告されている.本症例はUhthoff現象を著明に認めた症例であり,coolingにより運動に伴う体温の上昇を抑制させたことが連続歩行距離・時間の延長等につながったのではないかと推察される.このことから,理学療法において運動の持続にcoolingが有効である可能性が示唆された.