抄録
【はじめに】変形性股関節症(股OA)患者の股関節の変性は腰椎のアライメント異常に影響を及ぼし,腰痛の原因となることがX線学的分析により明らかとされている.しかし,股OA患者の体幹筋や股関節周囲筋の筋活動と腰痛との関連性についての報告は少なく,不明な点が多い.本研究の目的は,股OA患者の体幹前屈動作における筋電図学的分析を行い,筋活動と腰痛との関連性について検討することである.
【対象】対象は片側股OA患者31名(男性3名,女性28名,年齢38~69歳)であり,腰痛群(15名)と非腰痛群(16名)の2群に分けた.腰痛群の痛みの程度はVisual analogue scaleにて平均4.2(2~7)であった.各対象者には本研究の趣旨と目的を詳細に説明し,研究への参加に対する同意を得た.
【方法】測定には電気角度計と筋電計(Biometric社製,Data LINK)を用い,測定筋は両側の腰部脊柱起立筋(LES)と両側の大殿筋(GM)とした.動作課題は,立位から指先を床に最大限近づけるように体幹を前屈させ(前屈相),最大前屈位で保持し(最大前屈相),体幹を伸展させて再び立位姿勢に戻る(伸展相)までの動作とした.各相は3秒間隔にて行わせ,電気角度計より各相に分けるとともに最大前屈角度を求めた.筋電図波形は50msec毎のRoot mean squareにより平滑化し,各相の平均値(RMS)を算出した.立位時のRMSを100%として各相における筋活動を正規化し,LESとGMの%RMSを求めた.また,LESとGMの%RMSは両側の平均値を算出した.データ解析には2回の平均値を用い,対応のないt検定を行った.統計学的有意水準は5%未満とした.
【結果および考察】前屈相でのLESの%RMSは,腰痛群139.7±52.1%,非腰痛群207.7±75.1%,伸展相でのLESの%RMSは.腰痛群293.8±112.3%,非腰痛群540.9±300.6%と前屈相と伸展相ともに腰痛群が有意に低い値を示した(p<0.01).しかし,最大前屈相におけるLESの%RMSは,両群間に有意差は認めなかった.GMの%RMSに関しては,前屈相,最大前屈相,伸展相のすべての相において腰痛群は非腰痛群と比較して有意に低い値を示した(p<0.05).最大前屈角度は腰痛群72.9±14.9°,非腰痛群63.0±24.4°で両群間に有意差は認められなかった.本研究の結果より,腰痛を呈する股OA患者の体幹前屈動作における筋活動の特徴として,1)体幹前屈・伸展時のLESの筋活動の減少,2)体幹前屈・伸展時および最大前屈位でのGMの筋活動の減少が明らかとなった.体幹前屈動作におけるLESとGMの筋活動の減少は,腰椎の支持性や安定性を後部脊柱靱帯や関節包など軟部組織に依存することとなり,腰痛の原因となると考えられた.