抄録
【目的】 投球動作は全身の運動連鎖を利用して行うため、肩関節の運動は体幹のアライメントなどの影響を受けやすいことが分かる。投球障害の原因となる代表的な投球動作である「肘下がり」は、後期コッキング期から加速期における肩関節外転角度の減少に関連している。この肘下がりは早期コッキング期でみられる円背など、体幹のアライメントの問題によっても起こると考えられる。しかし、これらの関係について客観的に分析した報告はみられない。そこで今回、投球時の体幹のアライメントと肩関節外転角度の関係について分析した。仮説として、早期コッキング期において胸椎後彎角度が大きくなると、足部接地時の肩関節外転角度が小さくなるとした。
【方法】 対象は5年以上野球経験のある健常な男性7名(年齢22.6±1.3歳、身長173.1±4.1cm、体重66.0±9.0kg、野球歴9.9±3.0年)とし、全員右投げのオーバーハンドスローであった。対象に一切の指示を与えず、通常の投球動作でセットポジションからの直球を3球全力投球させた(以下、投球A)。その後、胸椎を後彎させ、胸椎後彎位を保ったままの投球を練習させた後に、その条件で3球全力投球させた(以下、投球B)。これらの投球動作を4台のデジタルビデオカメラで撮影した。各条件で対象が最もスムーズに投球できたと感じた試技を1球ずつ選択し、その投球動作を1/60秒ごとに解析した。左足部接地0.2秒前から足部接地時までの胸椎後彎角度(第7頚椎棘突起、第6胸椎棘突起、第1腰椎棘突起からなる角)と右肩関節外転角度を算出し、投球Aと投球Bの間で胸椎後彎角度、肩関節外転角度をそれぞれ比較した。統計処理は対応のあるt検定を用い、危険率5%未満を有意とした。
【結果】 足部接地0.2秒前から足部接地時にかけて、胸椎後彎角度は投球Aより投球Bが大きかった。足部接地時の胸椎後彎角度は投球Aが19.0±5.6°、投球Bが23.5±5.5°であった(p<0.05)。右肩関節外転角度は、足部接地0.1秒前から足部接地時にかけて、投球Aより投球Bが有意に小さく(p<0.05)、足部接地時での肩関節外転角度は投球Aが97.0±8.6°、投球Bが88.9±13.0°であった(p<0.05)。
【考察】 早期コッキング期後半の胸椎後彎角度の増加は、後期コッキング期の開始となる足部接地時での肩関節外転角度の低下を引き起こすことが示唆された。つまり、足部接地直前の胸椎後彎角度の増加は肘下がりの投球動作につながり、これが投球障害を発生させる要因になるのではないかと考えた。このことは投球障害の改善という面だけでなく、予防する面でも有用な情報となるだろう。