抄録
【目的】健康増進のためにウォーキングの日常習慣付けが推奨されている。屋外歩行時に靴は必要不可欠なものである。また、加齢に伴い、足部の何らかの変形や障害の発生率も増加するため、靴が足に合わないことが考えられる。しかし、高齢者での靴の適合性と歩行との関係についての検討はほとんどされていない。そこで本研究の目的は、60歳以上の高齢者を対象とし、「足に合った靴」の処方が歩行に影響するかを検討することである。
【方法】地域在住の60歳以上の参加者89名(男性50名、女性39名、69±9歳)に対し、普段着用している靴について部位別の適合性評価を行い、「適合群」「不適合群」に分けた。また、計測器で測定した足部の立体形状に基づく足に合った靴を全員に配布した。参加者は体幹に3軸加速度計を装着し、靴処方前後で自由歩行を行った。得られた3軸の加速度分解成分から合成ベクトルを算出し、靴処方に伴う大きさの変化を群間で比較した(paired test)。統計学的有意差はp<0.05とした。
【結果】「適合群」は50名(56%)、「不適合群」は39名(44%)であり、不適合群の割合は高かった。普段着用している靴での歩行と足に合った靴での歩行時の重心加速度の合成ベクトルの大きさの変化は、「不適合群」(平均の差=0.0856m/s²)の方が「適合群」(平均の差=-0.104 m/s²)より大きくなる傾向が見られた(p=0.07)。全体での平均は靴処方前が3.53m/s²、靴処方後が3.50 m/s²であった。
【考察】日本では畳文化のため靴着脱の機会が多く、脱ぎ履きのしやすさが優先される。これは踵の脱げやすい靴の選択につながる。特に高齢者は着脱動作が困難であるため、この傾向が強くなると考えられる。不適合群では足に合った靴を履くことで、加速度の合成ベクトルが大きくなる傾向が見られたことから、歩行に何らかの変化が生じた可能性がある。今回、全歩行周期における加速度の合成ベクトルの平均を比較したため、歩行周期ごとでの違いを見ることができなかった。今後、加速度計で得られた波形について詳細に解析を行い、靴の適合性が歩行におけるどの要素に影響しているか検討していく予定である。