抄録
【はじめに】脳卒中患者の日常生活活動(Activities of Daily Living;ADL)において潜在的な活動能力(以下;「できるADL」)と実際の生活の中で行っている活動レベル(以下;「しているADL」)に差が生じることを臨床で経験する。この乖離をなくしていくことが生活機能をあげていく上で重要である。このADL乖離に関した研究報告は看護介護職が評価した「しているADL」と療法士が評価した「できるADL」とを比較したものがほとんどで、双方を同じ療法士が評価しその結果を比較検討した報告はない。今回、演者らの施設でのADL乖離の状況を報告するとともに、他施設の報告と比較し、乖離を効率よく解消していくADL指導に関し若干の考察を加え報告する。
【対象と方法】2005年3月から翌年3月までに回復期リハビリテーション病棟に入院した脳卒中患者51例のうち在病棟期間が1ヵ月未満と短かった3例を除く48例を対象とした。平均年齢71.3±11.1歳、在病棟期間は平均106.7±51.6日であった。ADLは機能的自立度評価法(Functional independence measure;FIM)を用いて評価した。特に運動項目(13項目)に着目し病棟に転入院した月(以下;入棟月)と病棟を転出退院した月(以下;退棟月)の得点を比較した。「できるADL」は患者担当療法士が評価し、「しているADL」は「できるADL」を評価した療法士が病棟での実行状況などを観察、聴取し得点を決めた。
【結果】入棟月「できるADL」の運動項目総点数は49.4±25.5、「しているADL」は46.0±25.4、退棟月は60.7±26.6、57.6±26.6であった。運動項目の各ADLについて乖離があった症例件数比率(以下;乖離率)を求めたところ、入棟月では上半身更衣(37.5%)、トイレ動作(27.1%)の乖離率が高かった。退棟月では階段(39.6%)、上半身更衣(31.3%)、歩行(20.8%)の乖離率が高かった。津本らの報告や大島らの報告との比較ではわれわれの調査結果の方が全体的に乖離は小さかったが、藤田らの報告とでは逆に大きかった。
【考察】一旦低下したADL能力が再び向上していくとき、乖離が生じていくことは避けがたい。われわれの調査でも入棟月で3.4、退棟月で3.2の乖離があった。この乖離は退棟月には縮小されると予測したがほとんど変わらなかった。このことと入棟月は主にセルフケア項目の乖離率が大きく、ADL能力があがった退棟月では移動動作項目の乖離率が大きかったこととを合わせて考えると、乖離はどんな難易度のADLにもその再獲得の過程で生じているが予測される。「できるADL」と「しているADL」を同一の療法士が評価したほうが乖離は小さいと予測したが一概には言えなかった。われわれはADL乖離が出現することを決して特別視することなく、むしろどういう評価を行った結果乖離が確認されたかを熟知し、医療チーム全体で対策を講じていくことが必要と思われた。