抄録
【目的】日常生活において起立・着座動作は最も頻度の多い動作の一つである。また、臨床において起立および着座中に腰背部や膝関節に疼痛を訴える症例が少なくない。今回、特に日常生活で多用される立位から坐位への着座動作に着目し、運動学的特徴を把握することを本研究の目的とする。
【方法】被検者は中枢神経系に既往が無く、過去に下肢および脊椎に手術の既往がない、下肢または腰部に日常生活に影響を与える疼痛を有さない女性15名(61.1±7.5歳)とした。まず課題動作は立位から座面高が下腿長の高さの椅子への着座動作とした。運動学的データ計測は被検者の左右肩峰、腸骨稜上端、股関節(大転子中央と上前腸骨棘とを結ぶ線上で大転子から1/3の点)、膝関節(大腿骨遠位部最大左右径の高さで矢状面内の膝蓋骨を除いた幅の中央点)、外果、第5中足骨骨頭にマーカーを貼付し、3次元動作解析システムKinema Tracer(キッセイコムテック社製)を用いて60 flame/sにて画像を記録した。その画像から臨床歩行分析研究会の推奨する推定式にて関節中心点座標と身体重心座標(COG)を算出した。データ解析は動作中のCOG軌跡と体幹(胸部、骨盤)および下肢関節(股関節、膝関節、足関節)の各角度変化量を求め、骨盤最大前傾角度と足関節最大背屈角度に着目した。
【結果】動作開始よりCOGは下方移動し、それ以降にCOGが下方から後方へと移動した。この一連の動作の中で、足関節最大背屈後に骨盤最大前傾角度がくる群をA群(10人)とし、骨盤最大前傾角度が先にくる群をB群(5人)とした。A群はCOG下方移動において足関節最大背屈まで体幹が屈曲し、股関節と膝関節間の屈曲角度変化量が同程度であり、COG後方移動は足関節背屈から底屈へと切り換えて徐々に体幹を起こしていた。B群はCOG下方移動途中で骨盤が後傾し、股関節と膝関節間の屈曲角度変化量が増加して両者の屈曲角度変化量も同程度ではなかった。また、COG後方移動は骨盤後傾後に胸部伸展が早期に起こり、以後足関節底屈とともに体幹を起こしていた。
【考察およびまとめ】 COG下方移動においてA群は胸部-骨盤の協調性を高め、股関節-膝関節をうまく制御して大腿骨を傾斜させていると考える。COG後方移動への切り換えは、体幹と大腿を安定させた状態での下腿後傾がトリガーとなっていると示唆された。一方、B群はCOG下方移動において胸部が前屈しているまま骨盤後傾が早期に起こり、股関節-膝関節の制御にもばらつきがあり、COG後方移動への切り換えは骨盤後傾をトリガーとし、以後体幹伸展と下腿後傾にて行っていると示唆された。以上のことから、胸部-骨盤の協調性が低下することより、動作方略が変化することが認められ、病態・症状出現につながるとのではないかと推察された。