抄録
【目的】
近年、体幹深部筋の活動による腰部安定化のエクササイズの報告が数多くある。しかし、臨床場面において臥位での深部筋の筋活動を、座位や立位など下肢を含む複合的な動きを必要とする姿勢の中で生かすことは非常に難しい。先行研究では座位での骨盤の傾斜角度と体幹筋の活動を示した報告は少ない。そこで本研究では、抗重力位であり体幹と骨盤の動きを必要とする座位に着目し、骨盤の傾斜角度の違いが背筋群に与える影響を検討した。
【方法】
対象者は腰痛の既往のない健常成人男性7名。身体特性は年齢29.1±4.3歳(平均±標準偏差以下同様)、身長171.9±4.3cm、体重60.4±5.8kg。対象者には研究の主旨と方法に関して十分な説明を行い、承諾を得た後、測定を実施した。測定は安静座位(以下安静)と腹部引きこみ運動(以下引きこみ)での骨盤中間位(以下中間)と骨盤前傾位(以下前傾)での背筋群の筋電図を導出した。骨盤傾斜角度の設定は、上前腸骨棘と上後腸骨棘を結んだ線(以下A-P)が床面と平行な位置を中間とし、A-Pが床面に対し10度前方に傾斜した位置を前傾とした。筋電図は筋電計ニューロパック(日本光電社製)を用いて、左右腰部脊柱起立筋と左右多裂筋を測定した。それぞれ5秒間の測定を3回実施し、各施行間は30秒以上の休息をとった。さらに、標準化を行い比較検討するため100%MVCを測定した。脊柱起立筋はMMT5の条件で、多裂筋は腹臥位でベッドから下肢を降ろし、仙骨の前傾を行い、測定した。統計処理は標準化した後、左右の筋の比較は対応のないt検定、同一の筋に対しては対応のあるt検定を行った。
【結果】
すべての試行で脊柱起立筋と多裂筋に左右の有意な差はなかった。また、安静では中間に対し前傾の脊柱起立筋と多裂筋に有意な差はなかったが、多裂筋は前傾で高い値を示す傾向があった。引きこみは中間に対し前傾で多裂筋が有意に高い値(p<0.05)を示した。中間での安静と引きこみ、前傾での安静と引きこみにおいては有意な差はなかった。
【考察】
今回、骨盤傾斜と引きこみで左右背筋群の活動は有意な差がなかったことから、背筋群は左右対称な活動であることを示した。また、安静での多裂筋が、中間と前傾で有意な差を示さなかった要因として、安静では多裂筋がすでに活動しているためと考えた。また、座位での骨盤前傾は脊柱起立筋や多裂筋の筋作用だけでなく、下部脊柱に対して伸展作用をもつ深部腹筋群や腸腰筋の関与を推測した。引きこみの多裂筋は、中間に対し前傾で有意に高い値を示した。これは安静での中間と前傾の結果を引きこみにより多裂筋の筋活動が強調された結果と考えた。また、先行研究では腹部引きこみ運動で腹斜筋群が活動し骨盤を後傾させると報告があり、今回その反作用として多裂筋の作用である仙骨引き上げ、骨盤の前傾の筋活動が生じたと推測した。