抄録
【緒言】臨床上,関節可動域の増大としてストレッチング(筋伸張法)が多用されている.筋伸張法は理学療法士の基本的手技の1つであるが,短縮や障害を持った筋を,どの程度伸張すれば良いかに対するエビデンスは明確にされていない.
【目的】個別的筋伸張法は,解剖学的な筋走行に沿って伸張し,伸張力は疼痛閾値下と明確にされており,持続的伸張は筋緊張緩和に有効であると報告されている(以下,持続的筋伸張法).本研究の目的は,持続時間の違いによる持続的筋伸張法の筋緊張緩和効果への影響を明らかにすることである.
【方法】研究の同意を得た障害既往のない健常成人30名(男性15名,女性15名,年齢18歳~28歳)を対象とした.筋伸張法の評価は,長座体前屈を用いて計測した(長坐位時の足底位置を0cmとした).長座体前屈値が-5cm~+20cmの範囲内の被験者を対象とした.対象者は無作為にコントロール群,下肢30s群,下肢3s群の3群に分けた.伸張対象筋は内側・外側ハムストリングとした.持続的筋伸張法の伸張力は疼痛閾値下(筋の抵抗を感じる程度)として,下肢30s群は30秒間の持続時間で伸張した.持続時間因子による違いを観察するため,下肢3s群は3秒間の持続時間で伸張した.伸張は対象筋に対して交互に3回の持続的伸張を実施した.伸張方向は鈴木ら(2006)の個別的筋伸張法に準じた.長座体前屈は,安静背臥位5分間後(1回目,T1),持続的筋伸張法実施直後(2回目,T2),T1から12分後(3回目,T3)に計測を行った.計測は各2回行い最大値を代表値とした.コントロール群はT1とT3の2回の計測とした.持続的筋伸張後のT2値,T3値とT1値との差分値(Δ1=T2-T1,Δ2=T3-T1)について統計処理(Kruskal Wallis検定,Mann-Whitney U検定)を行った.
【結果】T1において3群間での有意差は見られなかった.持続的筋伸張法後のΔ1,Δ2の平均値は,下肢30s群は6.3±3.4cm,4.9±1.3cm,下肢3s群1.1±2.1,1.0±2.4cmであった. コントロール群のΔ2の平均値は1.2±2.1cmであった.伸張時間の違いにおいて,Δ1とΔ2で下肢3s群に対して下肢30s群で有意な柔軟性の増加が認められた(p<0.01).下肢30s群は,T1に比較してT2で有意に増加した(p<0.05).
【考察】T1の結果より,各群の柔軟性はほぼ同じであった.下肢30s群において,持続的筋伸張法が対象筋の筋緊張緩和を促し,長座体前屈値を増加させたと考えられる.本実験での伸張力は疼痛閾値下程度であり,筋や軟部組織が最大可動域まで伸張されたとは考えられない.つまり,Ib抑制の働きによる脊髄の興奮性の低下とともに,3回の伸張による筋粘弾性の変化も考えられる.したがって,今回用いた比較的軽度な伸張でも可動域が改善することが示され,理学療法手技の背景的根拠として利用できると考えられた.