抄録
はじめに】我々は空間の中で上肢を保持させるという肩甲上腕関節の安定化のメカニズムについて着目している。これまでに先行研究にて肩関節水平内転角度(90~150度)の変化と肩関節周囲筋の筋活動との関連性について報告してきた。その結果、肩関節水平内転角度の増加に伴い、三角筋中部線維、後部線維の筋活動は低下するが、上腕骨頭を下方に押し下げる機能を有する棘下筋の筋活動が増加することを報告した。そこで今回は肩関節水平内転角度0度から90度の範囲に着目し、空間の中で上肢を保持させる肩甲上腕関節安定化メカニズムの更なる適応性について筋電図学的分析を行ったので報告する。
【対象と方法】対象は整形外科的、神経学的に問題のない健常者5名(男性3名、女性2名、平均年齢31.0±5.6歳)とした。対象者には事前に本研究の目的・方法を説明し、了解を得た。測定筋は三角筋前部線維、中部線維、後部線維、棘下筋、広背筋、大胸筋中部線維、下部線維とした。筋電計はmyosystem 1200(Noraxon社製)を用いて測定した。電極部位は筋腹中央部とし、双極導出法にて電極間距離を2cmとした。測定肢位は座位とし、脊柱が生理的弯曲となるよう設定した。肩関節水平内転角度90度(肩関節屈曲90度)を基本肢位とし、肩関節水平内転0度、30度、60度位での上肢空間保持時の表面筋電図を測定した。測定時間は5秒間とし、3回施行した。3回の平均値をもって個人のデータとした。基本肢位における筋積分値を基準とし、各水平内転角度における筋活動を筋電図積分値相対値(以下、相対値)として求めた。統計学的処理には分散分析後に、Turkeyの多重比較検定をおこない、有意水準を5%未満とした。
【結果および考察】肩関節水平内転角度の減少に伴い、三角筋中部線維と後部線維の相対値は有意に増加した。三角筋前部線維、棘下筋、広背筋、大胸筋中部線維、下部線維は肩関節水平内転角度の変化に有意差を認めなかった。Inmanらは肩甲上腕関節安定化には三角筋による上腕骨頭の上方への剪断力に対し、棘下筋などの上腕骨頭に対して下方ベクトルを有する筋群の骨頭を押し下げる機能が重要であるとし、これにより肩甲上腕関節安定化が図れると述べている。しかし、本研究結果によると肩関節水平内転角度の変化に棘下筋、広背筋の相対値に変化を認めなかったことから上腕骨頭に対して下方ベクトルを有する筋群の関与が少ないことが示された。一方でKidoらは三角筋全線維に上腕骨頭を関節窩に押し付ける作用があると報告している。本研究結果では三角筋中部線維と後部線維の相対値が有意に増加したこと肩関節水平内転角度の減少における肩甲上腕関節の安定化には主に三角筋が関与することが示唆された。