抄録
【目的】我々は先にラット膝関節拘縮モデルに対して,温浴による関節構成体の病理組織学的変化を報告した。その結果,関節軟骨では36°C以上で,滑膜では38°C以上で病状を悪化させていることが示唆された。今回,その温度を指標に温浴と臨床的に頻繁に行われている短時間伸長刺激を併用し,その治療効果を病理組織学的に検討した。
【方法】対象は9週齢のWistar系雄ラット10匹(体重202gから262g)を用いた。固定肢位は右後肢をギプス固定(固定肢)し,左後肢は制約を加えず自由にした(非固定肢)。4週間の固定期間終了後,ラットを無作為に4週間の自由飼育を行う群(C群,n=3),温浴のみ行う群(H群,n=3),温浴後に短時間伸長刺激を行う群(H&S群,n=4)に分けた。温浴は恒温槽を使用し36~37°Cの温度で10分間の治療を4週間(5回/週)行った。短時間伸長刺激はエーテル麻酔下にて,ラットを腹臥位の状態から水平方向(体幹と同軸方向)に徒手にて350gの力(予備実験で設定)で伸長した。50秒間伸長し10秒の休息を1サイクルとして,5サイクルを1日1回(5回/週)温浴後に行った。いずれの群も治療時間以外はケージ内にて通常飼育とした。治療期間終了後,エーテル深麻酔にて安楽死させ両後肢ともに股関節で離断した。離断した後肢は中性緩衝ホルマリン液で組織固定し,脱灰,切り出し,中和した後パラフィン包埋した。滑走式ミクロトームにて薄切し,ヘマトキシリン・エオジン染色を行い光学顕微鏡下にて膝関節全体を鏡検した。
【結果】C群の固定肢では軟骨表層の線維増生,大腿骨の関節軟骨と前方滑膜あるいは半月との癒着が観察された。非固定肢は明らかな異常所見はなく概ね正常であった。H群の固定肢では軟骨表層の線維増生,大腿骨および脛骨の関節軟骨と前方滑膜あるいは半月との癒着が観察された。C群と比して癒着の程度は強く広範囲に及ぶ例もあった。H群の非固定肢でも軟骨表層の線維増生と癒着を確認する例を認めたが,固定肢よりは軽微であった。H&S群の固定肢ではH群と同様の組織像であり,軟骨表層の線維増生と大腿骨軟骨と前方滑膜あるいは半月との癒着が観察されたが,H群よりも癒着の程度は弱く部分的な癒着であった。H&S群の非固定肢はH群の非固定肢と同様の組織像であった。
【考察】今回の結果から,関節不動化の期間が長くなれば比較的低い温度でも関節構成体に悪影響を及ぼす可能性があると考えられる。また,短時間伸長刺激の効果としては関節軟骨の器質的な改善ではなく,癒着の程度を軽減することに寄与していることが確認された。ラットで見られた変化が人体でも起こり得るかは不明であるが,温浴と短時間伸長刺激の併用では予防的な治療効果が確認され,関節内の温度変化には注意深い検討が必要と考えられる。