抄録
【目的】これまで脳卒中片麻痺患者の歩行自立に関しての研究は多くなされている。しかし、臨床の場面において歩行の自立判定基準である評価指標のカットオフ値に満たない患者が歩行自立と判断されることも多い。そこで本研究では、当院回復期病棟入院中に歩行が自立した患者を対象に、歩行の自立判定基準のカットオフ値を超した群(到達群)とカットオフ値に満たなかった群(未到達群)において、運動機能及び精神機能の特性について比較検討した。
【対象】対象者はH17年8月からH19年5月までに当院回復期病棟に入院中であった脳卒中片麻痺患者のうち、入院中に歩行が自立し、歩行自立時に評価が可能であった27例(男性16例、女性11例、年齢69.1±10.1歳、右麻痺10例、左麻痺17例)とした。杖または短下肢装具を使用し歩行を行っている者は対象に含め、その他の歩行補助具や装具を使用している者は対象外とした。
【方法】評価項目は、自立時の10m最大歩行時間(10mMAX)、Timed Up & Go Test(TUG)、下肢Brunnstrom stage(B/S)、非麻痺側片脚立位時間(片脚立位)、Mini Mental State Examination(MMSE)の5項目とした。歩行自立の判定基準におけるカットオフ値は、渡真利らの報告から10mMAXでの21.54秒、およびPodsiadloの報告からTUGでの20秒を採用した。また、対象者を10mMAXもしくはTUGの両評価においてカットオフ値を越えた者を到達群、どちらかの評価においてカットオフ値に満たない者を未到達群の2群に分類した。統計学的検討は、各群において10mMAXを除く4項目に関して主成分分析を行った。
【結果】対象者の内訳は、到達群18例(男性11例、女性7例、年齢66.6±9.3歳、右麻痺7例、左麻痺11例)、未到達群9例(男性4例、女性5例、年齢73.0±11.3歳、右麻痺3例、左麻痺6例)であった。主成分分析の結果、到達群の固有ベクトルは、TUG:0.10、B/S:0.50、片脚立位:-0.57、MMSE:-0.64であった(寄与率43.1%)。未到達群の固有ベクトルは、TUG:0.07、B/S:0.57、片脚立位:0.63、MMSE:0.53であった(寄与率56.8%)。
【考察】本研究では歩行が自立した者を対象に、歩行自立の判定基準を超えた群と満たなかった群に分類し、運動機能及び精神機能の特性を検討した。その結果、到達群では、歩行自立の判定基準に対して身体機能および精神機能における総合的な指標の関与は認められなかった。一方、未到達群では、身体機能と精神機能の総合的な能力により歩行の自立が可能になると考えられた。以上のことより、歩行自立の判定時には、到達群では、運動機能面から捉えたカットオフ値により歩行自立の判断が可能である。しかし、未到達群では、運動機能に加え精神機能も含めた総合的な判定が必要であると考えられる。つまり、未到達群において歩行が自立する要因には、運動機能だけでなく精神機能面などが影響することで歩行が自立していると考えられる。