抄録
【目的】反動をつけて動作を開始すると動き易いことを日常よく経験する.その効果はスポーツ活動に顕著である.一方,動作能力低下を呈する対象者の運動療法場面では,むしろ反動を避け課題動作速度をゆっくりとさせて指導することが多い.しかし反動を利用することで起立できない対象者がその場ですぐ可能になることもしばしば経験する.反動効果には高速度要因が必要条件であるが,日常動作を念頭におくと素早さを第一義とせずとも必要な効果は得られると思える.そこで本研究の目的は,反動動作に伴うバイオメカニカルなパラメーターの変化を調査し,反動効果に対する速度要因の影響を明らかにすることである.ここで反動動作とは,動作開始時に主動作とは逆方向の動きを自然な速さで行うことと定義する.
【対象と方法】対象者は研究内容を説明し同意を得た,健常男性33歳(身長180cm,体重67kg)であった.課題動作は腰掛け位からの立ち上がり動作とし,座面高は被験者の下腿長とした.課題条件は反動の有無と動作時間との2要因とした.反動付加には上体を任意に後傾させ連続して起立動作させる条件と上体後傾位を任意に保持させる条件.それに動作時間として自然な速さ,速い,ゆっくりを組み合わせ計7種の条件を設定した.以上の課題条件で被験者を2基の床反力計上に配置させ一側下肢と座圧との床反力値を求めた.またVICONシステムを用いて各種バイオメカニカルデータの計測を行った.さらに左側の大腿直筋,内側広筋,外側広筋に表面電極を貼付し筋活動電位を計測した.身体重心位置・進行速度,筋活動量,股・膝関節モーメントの各値は殿部離床終了時点を比較した.統計処理は各条件の反復試行データ(最大10試行)を基に,Pearson積率相関分析または2元配置分散分析を用い有意水準5%で検定した.
【結果と考察】動作時間と身体重心進行速度,内側広筋活動量,股・膝関節モーメントとの間には負の相関が認められた.動作時間短縮にはより大きな筋活動が伴うものと考えられた.反動による有意な差は股関節屈曲モーメントを除くすべての変数に認められた.特に自然な速さで行った反動の有無での比較において動作時間,内側広筋を除く筋活動量,股・膝関節モーメントの各値に差はなかったが反動付加条件で身体重心進行速度に有意な増大がみられ,その増大量は「速い」条件に匹敵するものであった.また筋活動量は高動作速度で高値を示したが,低速度でむしろ「自然な速さ」条件より高値の傾向があった.低速度ではいわゆる力-安定制御戦略となり特に膝伸展筋活動量は身体重心と足底圧中心との距離からなるモーメントアームに依存すると考えられた.その中でも内側広筋,外側広筋について反動利用時に最も低値になることが認められた.反動の利用には速度の増大がポイントになると思われるが,通常動作速度の範囲でも有効であることが示唆された.