抄録
【目的】前回、我々は若年健常者を対象に、ギャッジアップ座位時の循環応答の測定を行い、起立耐性低下に対するギャッジアップ座位訓練の有用性について検討を行った。その結果、ギャッジアップ座位時では、安静臥位時と比較して一回心拍出量(以下SV)、心拍出量(以下CO)は低下したが、心拍数(以下HR)、平均血圧(以下MBP)に有意な変化はなかった。従って、ギャッジアップ座位では、圧受容器反射の中でも、心拍応答までは惹起されず、総末梢血管抵抗の上昇のみで血圧の維持が行われたと考えられた。すなわち、ギャッジアップ座位では、総末梢血管抵抗のみを上昇させる程の負荷になる可能性はあると考えられた。
そこで今回、対象を長期臥床症例とし、前回と同方法で循環応答の測定を行った。その結果から長期臥床症例における起立耐性低下に対するギャッジアップ座位訓練の有用性について検討を試みたので報告する。
【方法】被検者は関節可動域制限等により車いす座位が困難な長期臥床症例7名(男性4名、女性3名、平均年齢81.4±13.9歳)とした。負荷はギャッジ角度60°とし、MBPは手動血圧計で1分毎に測定し、またSV、HR、COについては心拍出量計を用いてインピーダンス法にて測定し、1分間の平均を求めた。
プロトコールは15分の安静臥位後、安静臥位3分→ギャッジアップ座位60°7分→回復臥位3分とした。測定データは安静臥位時の値との比較を行い、統計学的評価は、時間毎に分散分析を行い、有意差があったものに関してRyan,s  methodにより多重比較を行った。危険率は0.05未満で有意とした。
【結果】MBP、 SV、 CO 、HRは安静臥位時と比較し、有意な変化は認められなかった。
【考察】今回の結果では前回の若年健常者のようなSVの低下が認められなかった。これは本研究では長期臥床の高齢者を対象としたため、血管コンプライアンスが低下しており、ギャッジアップ座位では下肢への血液貯留が起こりにくく、静脈還流量の減少が生じにくかったためと考えられた。また、COに変化がなく、MBPに変化がなかったことから、今回の対象者では総末梢血管抵抗の上昇が起こらなかったと考えられた。すなわち、本研究では、圧受容器反射が惹起されることなくMBPが維持された可能性がある。
本研究のような高齢の長期臥床症例においては、ギャッジアップ座位訓練では、静脈還流量の低下が起こらず、圧受容器反射を惹起するほどの刺激にはならないことが示唆された。今回の結果からは、起立耐性低下に対するギャッジアップ座位の訓練効果自体についての検討はできなかったが、このような症例群においては端座位や起立訓練の方が重要であることが示唆された。