抄録
【目的】脳卒中片麻痺患者における動作能力向上は、運動機能や姿勢制御の改善が関係していると考えられる。今回、片麻痺患者一症例を通じ、非麻痺側下肢での支持としゃがみ動作を経時的に観察した。本研究ではその過程において諸動作の運動力学的視点から変化要素に着目し分析、検討することを目的とする。
【方法】対象は、研究の内容を説明し同意を得た53歳、男性(診断名:左被殻出血 障害名:右片麻痺)とした。入院時所見:身体機能Br.stage(以下BRS)上肢2、手指2、下肢2、感覚障害;中等度鈍麻、ADL評価;BI28点、平行棒内監視歩行が可能であった。初回計測時は62病日に実施した。状態は、BRS下肢2、BI57点、四点杖+AFOにて介助下で病棟内歩行が可能であった。2回目は89病日に計測した。状態は、BRS下肢3、BI89点、T字杖+AFOにて病棟内歩行が自立していた。計測方法は、立位より1)左非麻痺側下肢への体重移動(以下、左下肢荷重)と2)しゃがみ動作の二課題とした。なお、姿勢や速度は任意とし、最大限移動できる範囲で遂行するよう指示した。機器は、三次元動作解析装置(VICON 612)と床反力計2枚(Bertec社製)を用いた。身体標点は、被験者の頭部、第7頸椎棘突起、両ASIS、PSIS、肩峰、股関節、膝関節、外果、第5中足骨とした。また左右床反力を計測した。観察項目は、1)骨盤側方移動量、体幹側屈角度、床反力左鉛直成分、股関節外転モーメントを2)体幹屈曲角度、床反力左右鉛直成分、両下肢関節角度及び関節モーメントを算出し分析した。
【結果】以下に初回時から4週間後の変化について示す。1) 左下肢荷重において骨盤側方移動量は、9cmから 15cmと延長した。体幹側屈角度は左屈10度から右屈10度と逆運動となった。床反力左鉛直成分は、639Nから602Nと大きな差を認めなかった。股関節外転モーメントは、41Nmから57Nmと増大した。2)しゃがみ動作において体幹屈曲角度は、12度から45度と増大した。床反力左右鉛直成分は差を認めなかった。初回時及び4週後の左右比較において下肢関節角度に左右差は認めなかった。一方、経時的変化では左右股・膝関節で屈曲角度が増大した。下肢関節モーメントは、左股・膝関節伸展モーメント及び右股関節伸展モーメントも増大した。右膝関節と左右足関節モーメントに差を認めなかった。
【考察】今回、左下肢への荷重動作の相違は、床反力の変化が少なく、体幹側屈運動により身体質量を利用した姿勢制御から左股関節外転筋群の筋活動を利用した運動が可能となったこと、しゃがみ動作においては体幹、股、膝関節の伸展筋活動の制御が可能となり、深くしゃがむことが可能になったと考えられる。このことから画一的で限定された運動方法から自由度のある複雑な運動方法の獲得がADLや動作能力向上の一要因として考えられる。