抄録
【はじめに】階段昇降動作時に手すりが必要か否かは、脳血管障害患者(CVA患者)における社会参加の制限に関与する要因の1つと考えられる。そこで今回、日常で昇段動作に手すりを要するCVA患者1名の動作を手すりの有無で比較し、動作の質的向上のために必要な運動力学的要因について分析した。
【対象】H19.4.29に脳梗塞を発症した65歳の男性右片麻痺患者。下肢Br.S3で、股関節伸展、足関節背屈に軽度の可動域制限を認めたが、屋内歩行、手すりを使用した階段昇降は自立であった。
【方法】計測は三次元動作解析システムVICON MX13(Oxford Metrics社製・カメラ14台・サンプリング周波数100Hz)と床反力計(AMTI社製・MSA6)6枚(2×3列)を使用し、マーカーは11箇所に貼付した。床反力計上に高さ16cm、踏面30cmの5段の階段を設置し、手すりなし及び使用下で1足1段での昇段動作の計測を行った。麻痺側、非麻痺側各々の1歩行周期を分析するために、2段目から5段目までの動作における重心の位置(上下・進行・左右)と左右の股・膝・足関節モーメント(MO)、鉛直方向床反力(Fz)をパラメータとして算出した。
【結果】手すりの使用により一連の動作時間が16.3秒から11.1秒へと短縮し、手すりは段を上がる際に支持として使用していた。重心の移動は手すりなしでの動作で、非麻痺側に比べ麻痺側の立脚時間が短く、矢状面では上方に比べ水平に移動する時間が長かった。これに対し、手すりの使用で左右の立脚時間がほぼ均等となり、下段の非麻痺側から上段の麻痺側に重心を移動させていく時期に、水平に移動する時間が短縮した。この時期において、手すりの有無に関わらず、麻痺側下肢で股関節伸展MOが最も大きく作用しており(最大値:手すりなしで60.1Nm、手すり使用で42.1Nm)、膝関節は屈曲MO、足関節は底屈MOを示した。また手すり使用時に右Fzが減少した。逆に、下段の麻痺側から上段の麻痺側に重心を移動させていく時期においては、手すりの有無に関わらず、非麻痺側で股関節伸展MOが最も大きく作用しており(最大値:手すりなしで38.1Nm、手すり使用で37.6Nm)、膝関節は伸展MO、足関節は底屈MOを示した。
【考察】階段昇段時に手すりを使用することで、麻痺側が上段にある際の非麻痺側から麻痺側への重心移動と、これに続く麻痺側下肢による上方への重心移動が円滑に行えるようになり、これらが動作に要する時間の短縮と動作レベルの向上に繋がったと考える。そしてこの改善は、手すりの使用が、麻痺側膝関節伸展MOの低下を代償する股関節伸展MOの増大に対して補助的に作用したために生じたと考えられる。