抄録
【はじめに】上腕骨近位端骨折の3-part、4-part骨折では、血行障害から骨頭壊死となる可能性が高く、通常人工骨頭置換術が施行される。人工骨頭置換術の第一目的は、関節の再構築と除痛、第二にROM・ADLの早期獲得とされている。しかし、関節組織のみならず関節および周囲組織の損傷が著しく、肩関節機能の回復は満足のいく結果が得られにくいという報告がある。「力学器官」や「実行器官」を念頭に置き筋力増強訓練や関節可動域訓練が主体の従来の運動療法では、十分な機能の回復が得られないのが現状である。今回、肩関節人工骨頭置換術後に「情報器官」としての肩関節の機能に着目したリハビリテーションを実施し、良好な結果を得たので報告する。
【症例提示】60歳代女性。平成19年7月7日転倒し受傷。レントゲン上、左上腕骨近位端脱臼骨折、Neerの分類の4-part脱臼骨折を認めた。同年7月13日人工骨頭置換術施行し、術後18日より認知運動療法を開始した。
【理学療法経過】初期評価時はROM屈曲60°、外転40°、伸展0°、内旋70°、外旋0°で痛みの制限があった。JOAスコアは29/100であった。また、肩挙上時、体幹・骨盤と肘に及ぶ広範な代償運動が生じていた。すなわち、1:患側骨盤後傾、2:患側体幹伸展・後方回旋、3:肩甲帯挙上・上方回旋、4:肩関節内転、5:肘関節屈曲位を呈していた。この理由として肩甲帯のカウンターバランス機能の破綻によるものと考え、カウンターバランスの制御に必要な情報を認知する訓練を実施した。具体的には、まず異常な筋緊張を呈している肩甲骨周囲筋(主に僧帽筋上部繊維)に対して、硬度の異なる5種類のスポンジを用いて圧情報の識別課題から開始した。静的な筋緊張が制御され、左右の肩甲骨の対称性と体幹からの分離運動がある程度獲得された後に、適宜肩関節の運動方向を認識する課題を実施し、上肢の重量を予測・認識する認知課題(肩下垂位・肘90°屈曲位で前腕を単軸不安定板上に載せ板前方に負荷した重垂の重量を識別する課題)へと進めていった。訓練開始後10週では、ROM屈曲150°、外転125°内旋85°、外旋45°で痛みはほぼ消失していた。JOAスコアは79/100と改善した。
【考察】従来の運動療法では早期よりADL自立を促すために動作の反復訓練が実施されるが、情報器官としての機能が不十分なまま動作を強要することで、体幹・骨盤・肩甲帯における代償運動を学習する危険がある。今回代償運動の病態解釈に基づいて、肩関節を情報器官と捉えアプローチすることで、代償運動が軽減し、先行研究よりも良好な機能回復が得られたと考える。