抄録
【目的】
近年,近赤外分光法など可搬性で簡便な脳活動機能測定法を用いることにより歩行中の脳皮質血流量変化の計測が可能になった.われわれは,健常者における歩行速度の違いが下肢一次運動野(以下,M1),一次感覚野(S1),補足運動野(SMA)に及ぼす脳皮質血流量変化を近赤外分光法にて検討した.
【方法】
対象は研究内容を説明し,同意を得た健常成人6名(平均年齢27.2±2.7歳,男性3女性3名)であった.課題は,低速(2Km/h),至適速度(3.3±0.3Km/h)、高速(5Km/h)の3種類の歩行とし,トレッドミル(TRD-210,酒井医療株式会社製)上で行った.各課題は,15秒間の安静,30秒間の歩行,再度15秒間の安静を1セットとし,連続して5セットを実施した.また課題の施行順序はランダムに行った.
脳皮質血流量の計測は,近赤外分光イメージング装置(FOIR-3000,島津製作所社製)を用いた.計測部位はM1, S1, SMAとした.M1は経頭蓋磁気刺激により同定した.測定用プローブは,M1を中心に28ヶ所設置し,酸素化ヘモグロビンの変化をサンプリング周期220msecにて記録した.また,各対象者のMRI画像と測定用プローブの位置情報の重ね合わせることにより,S1およびSMAの解剖学的な推定を行った.MRI画像は,医師の診察後に放射線技師によって撮影した.
課題中の酸素化ヘモグロビンの変化については,安静時の酸素化ヘモグロビン平均値を差し引いた後,標準偏差により除して正規化した値を算出し,5セットを加算平均した後,30秒間の平均値を算出した.統計処理は,一元配置分散分析,多重比較検定(Tukey’s HSD)を行い,各課題による酸素化ヘモグロビンの変化をそれぞれM1,S1,MSAで比較した.有意水準は5%未満とした.
【結果】
脳皮質血流量の変化は,M1とS1において5km/h,2Km/h,至適速度の順で高い値を示した.SMAにおいては,2Km/h,至適速度,5km/hと歩行速度の増加にともない値が大きくなる傾向を示した.多重比較検定では,M1の解析においてのみ,至適速度が2km/hと5km/hに比較して有意に高値を示した(それぞれp<0.05,p<0.01).
【考察】
M1およびS1において脳皮質血流量は,速度増加に伴って増大していくという一定の傾向は示さず,至適速度で最も高値を示した.このことは,5km/hのような比較的高速の歩行では,M1やS1ではない他の脳部位の活動の関与などが示唆される.また,SMAは運動発生や運動の調節に重要とされており,速度の増加に伴い血流が増加したことは,速度増大のために姿勢制御やパターン運動調節がより必要となったためではないかと考えることができる.