抄録
【背景および目的】身体運動を行うと安静時と比較してより多くの酸素が体内に取り込まれミトコンドリアでの活性酸素種(ROS)産生が増加する.抗酸化能に対してROS生成系が優位になり体内で酸化-抗酸化のバランスが破綻すると,酸化ストレスにより様々な障害が現れることは明らかになっている.しかし一方では,継続的な身体運動を行うとROSに対抗する抗酸化能を高め健康増進によいと言われるため,生体への酸化ストレスを最小限にとどめうる運動強度を明らかにすることは重要である.酸化ストレスについて先行研究ではV(dot)O2max(最大酸素摂取量)80%の運動後の上昇が認められているが,嫌気性代謝閾値(AT)前後の運動では有意な変化がないという報告がされている.そのため本研究ではATを基準にした2種類の強度の運動が,血中酸化ストレス動態に与える影響を明らかにする.
【方法】対象者は健常男性(19.9±1.7歳)18例だった.方法は心肺運動負荷試験を実施した後,AT 強度とAT150%強度で30分間のトレッドミル歩行を無作為の順に行った.運動強度は心拍数で規定し運動中の負荷量を調整した.運動時には運動前(RE)と運動直後(PO)で指尖より血液を採取した.採取した末梢血をFRAS4(Free Radical Analytical System 4)により,d-ROM test 値(酸化ストレス)BAP test 値(抗酸化力)を測定し,BAP/d-ROM比(潜在的抗酸化能)を算出した.データ解析はSPSS 16.0J for windowsを使用し,各指標の運動前後の変化をATとAT150%で比較するためpaired-t testを用いた.有意水準は危険率5%未満とした.なお,本研究は埼玉県立大学倫理委員会の承認を受けて実施し,対象者に対しては目的と手順について文書と口頭で説明し参加の同意を得た.
【結果】RE と比較しPOにおいて,d-ROM test値はAT強度で3.6%上昇し(p<0.05)AT150%強度では8.2%上昇した(p<0.01).BAP test値はAT強度で有意に変化せず,AT150%強度で6.8%上昇した(p<0.01).BAP/d-ROM比はいずれも有意に変化しなかった.
【考察】先行研究ではAT強度の運動後に酸化ストレスが上昇しない報告があるが,本実験結果ではAT強度とAT150%強度の運動後に酸化ストレスの上昇が示された.しかしBAP/d-ROM比はいずれの運動後も有意に変化しなかった.これは抗酸化能を上昇させてBAP/d-ROM比の上昇を抑制したためと考えられた.加えて,抗酸化能はAT150%強度でのみ有意に上昇したため,運動強度が上がると抗酸化能が賦活される事が示された.
【まとめ】健常成人では運動強度を上げた時血中へ抗酸化物質の動員を高めるため,AT150%強度で30分間の運動まででは酸化-抗酸化の関係が破綻するという結果は認められなかった.