理学療法学Supplement
Vol.36 Suppl. No.2 (第44回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: P3-281
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神経系理学療法
高次脳機能障害と運動機能障害の併発によりADL低下を起こしていたSAH患者の治療
―包括的解釈に基づく治療が移乗動作に与える影響について―
波多野 直高橋 みなみ
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抄録
【はじめに】発症より9ヶ月を経過し、更生施設入所を目的としたSAH患者を担当した.関わりを通して、高次脳機能障害を有する脳血管障害患者に対する機能的評価、治療について若干の知見を得たので報告する.【症例】51歳.男性.診断:くも膜下出血.障害名:左片麻痺・高次脳機能障害(見当職障害・記憶障害・発動性低下).現病歴:2007.8.26.発症.2008.1.15.~5.28他院入院・理学療法等実施.5.29.当院入院・理学療法開始【理学的所見】左片麻痺B/S5レベル.著明なROM制限なし.麻痺側上下肢筋緊張亢進.移動:車いす使用.身辺動作:声かけレベル(発動性低下由来).移乗動作要介助.歩行:介助レベルの練習歩行.ふらつき顕著.【治療目標】適切な姿勢制御の獲得による転倒リスク軽減.更生施設入所の現実化.【治療】標準化したコースを周回する歩行練習(以下定型的練習)と、内容を毎日変更する日替わり運動学習(以下非定型的練習)を週5回の頻度で実施した.【評価】麻痺側内側の車いす~高さ40cmの治療台への移乗動作の分析をVTRにて実施した.【経過】開始より約1ヶ月で移乗動作が効率的になり、2ヶ月頃自立レベルとなった.【結果】移乗動作自立.家族同伴歩行器歩行可能.転帰として2008.8.22.更生施設に入所となった.【考察】人間の行動様式は複雑であり、患者の行動を感覚器・運動器などの限局された系のみで解釈することは困難である.この問題に対し、行動を包括的に捉えるための考え方は多くあり、生態心理学領域で扱われるマルチモダリティーの概念や、Shumwayらの姿勢調節システムの定義などはその典型と言える.症例の移乗動作をこれに習い考察すると、主問題は行為自体の淀みと捉える方法論が樹立する.言いかえれば即時的に行為を転換していく事の困難さに、高次脳機能障害の影響が相乗的に波及している状況であった.症例に実施した治療はこの観点に基づく問題解決型アプローチであった.つまり定型的練習は後遺症としての適応障害に対する配慮であり、非定型的練習は状況に応じた即興的活動を体験する過程を通して、新規の身体感覚を誘発する事がねらいであった.とりわけ非定型的練習は、日常生活上の即時的対応に対する適応能力強化のための、ハビリテーションとなることを期待した.結果として臨床的には、慢性期に移行した症例に生活動作上の経時的な変化が起こり、目標であった更生施設への入所に至る結果を得た.このことより今回の様な介入の意義は高いものと推測されたが、このアプローチは特性上還元論的な解釈が成立しないため、転帰との厳密な因果関係は成立していない.今後はこの事実と課題をふまえ、包括的な取り組みをEBPTとしても成立させるための検証が必要である.
尚、本報告は本人・家族の同意を口頭ならびに当院規程様式によって得た上で実施した.
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© 2009 日本理学療法士協会
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