抄録
【目的】肩関節(ここでは'humerothoracic' joint)には3つの回転自由度があり、肢位や運動範囲は3次元量になる.関節可動域(ROM)計測に用いられる屈曲や外転などの1次元量を並べても、肩の運動範囲全体は表せない.上腕の可動範囲は、肩の回転中心を頂点とした円錐を広げたような形になる.この領域はjoint sinus coneまたは単にsinusと呼ばれ、バイオメカニクスなどの分野で研究が進められてきたが、解析の一部に高度な数学処理が必要なこともあり臨床的関心は薄い.しかし、sinusは通常のROM計測結果よりはるかに多く情報を含むので、今後の臨床応用が期待できる.今回、肩の運動範囲に左右差がある対象者を例に、sinusの実測を試みた.その結果から観察できたことを報告する.
【方法】被験者は左鎖骨骨折の既往のある23歳の健常男性で、事前に実験内容を説明して同意を得た.屈曲-伸展、外転-内転、外旋-内旋、水平屈曲-水平伸展を実験前後に計測した.3次元の位置と角度(オイラー角)が計測できる装置PATRIOT(Polhemus社)を用い、センサを上腕と胸骨に取り付けて、上腕長軸方向と胸郭の傾きを計測した.
被験者には端座位で、sinusの先行研究で用いられた分回し様の動作を行わせた.前回り(投球動作様の動き)と後回りの両方を計測した.動作に慣れるために、計測前に約1分間の練習時間を与えた.順序効果を打ち消すために前・後・後・前の順で4セット(1セットあたり4回転の分回し)を行い、動作の最初と最後の部分を除いて解析した.左右の肩関節で同様に実施した.
各センサの位置と角度の時系列数値のうち、角度のみを利用し、上腕長軸方向を示す3次元単位ベクトル時系列を計算した.計算にはMatlab(MathWorks社)による自作ソフトを用い、単位ベクトルを原点を始点として並べることでsinusを3次元グラフとして可視化した.これは肩の回転中心を原点とした上腕可動範囲のイメージに相当する.なお、胸骨のセンサのデータから、体幹の回旋や側屈などの影響の補正も行った.左肩のデータは左右反転して、右肩の結果と重ねる比較も行った.
【結果】ROM計測結果、骨折既往側(左)が0~25度程度狭かった.sinus測定では同一セット内の約3回転のばらつきは小さく、概ね同様のsinusが描かれた.前回りと後回りでも、観察できる大きな違いはみられなかった.左右差は左を反転して重ねたグラフから、「傘の開き具合」のような違いとして左の領域の狭さがはっきりと確認できた.左ではsinusの「辺」の形に凹型の歪みがみられた.
【考察】肩関節可動域に左右差のある対象者に対してsinusを実測し、目視で形の違いを確認することができた.今後は定量的な解析を行い、sinusからどのような情報を得られるかを確認し、臨床応用を目指したい.