抄録
【目的】現在、深層筋における機能解剖分野に関しての知見は十分とは言いがたく、近年、深層筋の機能を解明する為の手法としてMRIが用いられている.今回、我々は屍体による解剖所見で得た知見を基に、腸骨筋の機能についてMRIを用いて検討したので報告する.
【解剖所見】当大学解剖学講座の解剖実習用献体2体4肢(78歳男性、84歳女性)を対象とした.腸骨筋を腹背方向に前部・中部・後部に分け、その停止部に着目すると、前部は大腰筋と共通の停止腱を持たずに直接小転子と大腿骨体に終わっている事が2体4肢それぞれで確認された.さらに、停止部付近の走行に着目すると、大腰筋と腸骨筋の共通の停止腱は頭尾方向に沿った走行となっているが、共通の停止腱を持たない腸骨筋前部の筋線維は、停止部付近では頭尾方向ではなく腹背方向に近い走行となっていた.この形態から推察すると、腸骨筋の前部は股関節屈曲時に最初に小転子を前方へ引き出し、初期屈曲に作用する役割を担っている可能性があると考え、MRIを用いて検討した.
【方法】対象は健常成人男性7名(平均年齢29.3±4.4)とした.運動課題は立位にて股関節屈曲30°までと90°までの2種類の運動を1kg負荷にて3分間施行した.安静時と各運動直後にSIEMENS社製 MRI(1.5T Magnetom Symphony)を用い、第1仙椎下端横断面にて腸腰筋を同定し、2D MSE(multiple spin echo)法を用いて撮像した.撮像した画像より大腰筋と腸骨筋前部・中部・後部に関心領域を設定し、信号強度(T2値)をそれぞれ測定した.得られた信号強度の値より、各筋の安静時に対する運動後の信号強度の増加率を求め、信号強度が運動前後で変化することを利用して各筋の筋活動に差があるか比較検討した.統計解析には一元配置分散分析及び多重比較検定を有意水準5%未満にて施行した.尚、本研究は当大学倫理委員会の承認を受け対象者の同意のもとに施行した.
【結果】安静時と比較した各運動後の信号強度の増加率(%)は、30°屈曲では大腰筋1.4、腸骨筋前部7.0、中部3.6、後部1.7、90°屈曲では大腰筋11.9、腸骨筋前部14.1、中部12.4、後部13.8であった.一元配置分散分析にて有意差が認められた.複数の多重比較検定にて、30°屈曲においてのみ腸骨筋前部が大腰筋、腸骨筋後部より有意に高値を示した.
【考察】今回、屍体による解剖所見を基にMRIを用いて腸骨筋の機能について検討した.結果より、30°屈曲においてのみ腸骨筋前部が大腰筋、腸骨筋後部より信号強度の増加率が有意に高値を示した事は、解剖所見での仮説通り腸骨筋前部が股関節の初期屈曲に作用している為だと考えられる.この事から、歩行時の振り出しなど屈曲角の少ない動作は腸骨筋、特に前部が担っている可能性が示唆された.今後は、その神経支配について確認する必要があると考える.