抄録
【目的】障害者や高齢者にとって、トイレにおける立ち上がり動作が安全かつ円滑に実施出来るかどうかは、ADLの自立には大変重要であり、動作の安全性確保や自立を目的に手すりを設置することが多い.本研究では、立ち上がり時における手すりの有効性を検討するために、通常の立ち上がりと手すり位置の条件を変えた時の立ち上がりを頭部の加速度変化から比較・検討したので報告する.
【方法】対象は研究内容を説明し同意を得た健常男性9名(身長170.2±1.5cm、体重60.5±11.2kg、年齢20.2±1.3歳)とした.方法はMicrostone社製3軸加速度計を用い、加速度計を頭部(額前面)に装着して立ち上がり動作時の加速度を記録した.また測定周期は5msecとした.測定は一般的なトイレ環境を想定して、便座高400mm、手すり長900mm、直径31mmのものを縦手すりとして設置し、手すりから便座中心までの幅は350mmに設定した.立ち上がり条件としては、1)手すり未使用、2)被験者が主観的に立ち上がりやすい位置(以下、主観的良位置)、3)手すりが便座から遠い位置(体幹直立位、上肢90°挙上位で手すりに届く位置:以下、遠い位置)、4)手すりが便座に近い位置(体幹直立位、肩中間位、肘90°屈曲位で手すりに届く位置:以下、近い位置)の4条件とした.また、手すりの把持高、立ち上がり速度は任意とした.加速度は上下・前後・左右の全6方向の最大値を算出し、4条件における各方向の値を多重比較検定により比較・検討した.
【結果】前後方向の加速度では、後方の加速度で1)手すり未使用より2)・3)(p<0.05)、4)(p<0.01)の各条件おいて有意に小さい結果となったが、前方の加速度においては有意差はみられなかった.上下方向の加速度では、各方向とも1)手すり未使用より2)・3)・4)の各条件おいて有意に小さい結果となり(p<0.01)、また下方の加速度では2) 主観的良位置より3)近い位置で有意に小さい結果となった(p<0.05).
【考察】運動方程式より加速度と力とは関連があり、加速度を知ることが出来ればどのくらいの力が関節に加わっているか推測できる.立ち上がり時の頭部の運動は体幹と一体となり股関節を軸として運動していると捉えることが出来るため、頭部の加速度は股関節回りのモーメントに大きく影響していると考えられる.本研究では、上下・後方での加速度が手すり使用時に有意に小さい傾向となり、手すりを使用することで股関節回りのモーメントは減少する、つまり股関節伸展筋力が弱い人にとって手すりは有効な立ち上がりの補助手段であると考えられる.しかしながら、今回の研究では手すりの位置による違いについて、加速度という観点だけからでは明らかにすることは困難であった.今後は、上肢の影響についても検討し、より立ち上がりやすい手すり位置の特徴を明らかにする必要があると考える.