理学療法学Supplement
Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: Sh2-027
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主題演題
多重同期刺激による皮質長期増強様効果の誘起とその効果に関する運動誘発電位による検証
金子 文成青山 敏之速水 達也柴田 恵理子青木 信裕
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抄録
【目的】経頭蓋直流電気刺激(tDCS)あるいは経頭蓋磁気刺激(TMS)により,皮質運動関連領野において興奮性の変化が誘起され,その結果,運動パフォーマンスが変化する事象が報告されている。TMSの場合には連続刺激(rTMS)を行うか,末梢神経に対する電気刺激との連合性ペア刺激(PAS)という方法がとられる。背景にある機序はNMDA受容体依存のシナプス長期増強あるいは抑制様の効果であると考えられている(Nitsche MA, 2009)。このような刺激による介入は,運動パフォーマンスにポジティブな影響を及ぼし,脳血管障害に対する治療的効果が期待されている(Reis J, 2008)。一方で,皮質への非侵襲的刺激と末梢感覚入力の組み合わせは,Hebbian Modificationの概念から皮質興奮性の操作方法として有効であることが見込まれるが,多種モダリティに対する刺激の組み合わせ効果などは検討されていない。我々は,取り扱いの簡便さと刺激によるリスク回避の視点から,非侵襲的皮質刺激方法としてtDCSの方が臨床応用しやすいものと考える。そこで本研究では,tDCSと視覚刺激による自己運動錯覚の誘起,およびそれと同時に行わせる運動イメージの脳内再生という方法を組み合わせ,一定時間実験的に介入した場合の電気生理学的効果を明らかにすることを目的に実験を行った。
【方法】被験者は健康な成人とし,安楽な姿勢を保つ事の出来る椅子に座位となって,左前腕をテーブル上に置いた。TMSには8字コイルを使用し,第一背側骨間筋(FDI)と小指外転筋(ADM)に貼付した表面皿電極より運動誘発電位(MEP)を記録した。TMSの刺激強度は安静時閾値の1.15倍とした。TMSによる測定は介入前,介入直後,介入15分後,介入30分後,介入60分後の時点で実施した。実験的介入は多重同期刺激として,皮質一次運動野(M1)に対してtDCSを行い,その最中に視覚刺激による自己運動錯覚の誘起を実施し,視覚刺激で呈示される動画に合わせて運動イメージの脳内再生を行わせた。これらの刺激を15分間行った。tDCSは,anode電極の中心位置をFDIの刺激最適位置に合わせ,cathode電極は対側半球のM1に配置した。tDCSの刺激強度は1mAとした。自己運動錯覚を誘起させる方法は,我々の先行研究に基づき(Kaneko F, 2007),第三者の示指が内外転運動を繰り返す動画を用いた。そして,その動画を被験者の前腕遠位から手指を覆うように配置した液晶モニタ上に呈示することにより,被験者自身の示指があたかも動いていると感じるような自己運動錯覚を生じさせた。さらに,被験者はこの動画に合わせて示指外転の運動イメージの脳内再生を行った。統計学的解析は最大上M波振幅で正規化したMEP振幅について,測定時期(介入前,介入直後,15分後,30分後,60分後)を要因とした反復測定一元配置分散分析を行った。さらに多重比較として,Dunnett法を用いた。
【説明と同意】本研究は,ヘルシンキ宣言に沿って実施された。また,実験内容に関する十分な説明の上,同意の得られた者を対象として実施した。
【結果】一元配置分散分析の結果,測定時期の要因による有意な主効果が得られた。さらに,介入前のMEP振幅を対照とした多重比較の結果,介入60分後では有意差がなかったものの,それまでは統計学的有意に増大していた。最も変化が大きかった刺激終了直後のMEP振幅は,介入前の約1.5倍を示した。
【考察】今回用いた多重同期刺激の効果について検討した報告は,我々の知る限りではない。我々が提案する多重同期刺激が誘起する長期増強様効果をTMSによるMEPで検証した結果,MEPが有意に増大し,その効果が一定時間持続することが示された。過去の報告で,tDCS単独で行った場合には対照となる振幅の約1.2~1.3倍程度である(Liebetabz D, 2002; Nitsche MA, 2009)。それに対して,今回の多重同期刺激による効果は対照の1.5倍程度であり,これまでの報告よりも効果量が大きい可能性がある。この点は,今後,tDCSの単独刺激を対照とした実験により検証したい。いずれにせよ,多重同期刺激により,皮質運動関連領野における興奮性が増大し,ある程度の間その効果が持続されることが明らかになった。
【理学療法学研究としての意義】皮質運動関連領野の興奮性を高めることは,運動パフォーマンスの向上に効果的に結びつくということ,そして脳卒中片麻痺症例のコンディショニングとしても有効である可能性があることが,過去の報告で示されている。本研究で示した結果から,多重同期刺激を行うことでさらに効果的な理学療法の介入方法が開発されたといえる。
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© 2010 日本理学療法士協会
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