抄録
【目的】現状ではあまり注目されてはいないが、脳卒中後片麻痺患者においては麻痺側の胸郭拡張性が低下することが決して少なくはなく、拘束性換気障害を呈することもあると報告されている。拘束性換気障害を正確に診断するためには、胸部X線画像やCTの他、スパイロメータを施行することが必要となるが、いずれの検査も容易に繰り返して行えるものではない。一方、近年になり岩崎らは、特殊な機器なく用いることができる換気障害の評価法として、片側胸郭の拡張性に注目した。これは、テープメジャーを用いることで胸郭の拡張差を計測するというものであるが、彼らは健常人を対象とした報告の中で本評価法の信憑性・妥当性を示している。そこで今回我々は、回復期リハビリテーション病棟(以下回復期リハ病棟)への入院患者のうち、脳卒中後片麻痺を呈する患者を対象に麻痺側の胸郭拡張性を測定、これを健常成人男性の値と比較することで、「脳卒中後片麻痺患者では、健常者と比して、麻痺側の胸郭拡張性が低下しているのか」ということを検討した。
【方法】対象は健常成人男性10名(平均年齢32.5±6.5歳)と、当院回復期リハ病棟に入院した脳卒中後片麻痺の男性患者10名(右片麻痺5名、左片麻痺5名。平均年齢63.7±10.0歳)とした。対象として選択された患者はいずれも、呼吸器疾患の既往がなく、座位保持が自立して可能であり、PEGなど胸腹部に損傷がなく、顕著な高次脳機能障害を呈していなかった。また、乳房の大きさによるテープメジャーの位置のずれを考慮して、今回の検討では女性は対象外とした。脳卒中患者の片麻痺レベルは、下肢のBrunnstromステージ6が4人、ステージ5が4人、ステージ4が2人であった。計測肢位は端座位とし、体幹前面では、左右の腋窩高を結んだ中点・剣状突起高・左右の第10肋骨高の中点を結んだ点を測定点と決定し、それぞれにマーキングを行なった。体幹後面でもそれぞれの高さに位置する脊椎棘突起を決定し、その部位にマーキングを行なった。測定は、マーキングされた脊椎棘突起にテープメジャーを固定、体幹前面のマーキング部位に向け、水平にテープメジャーをあてることで行った。最大吸気時と最大呼気時に体幹前面の左右それぞれの点で数値を3回ずつ計測、吸気時の最大値と呼気時の最小値の差を拡張差とし、拡張差を呼気時の最小値で除した数値を片側胸郭拡張率とした。最終的に、脳卒中片麻痺患者の麻痺側拡張率と健側拡張率の比を算出し、これを健常成人男性の左右胸郭拡張率の比とT検定を用いることで比較した。
【説明と同意】対象各人に対して口頭で、研究の目的・内容・方法・副作用などを十分に説明したうえで、研究参加の了承を得た。
【結果】計測から得られた3回ずつの実測値で級内相関係数は0.9という高い数値であった。脳卒中後片麻痺患者の麻痺側拡張率は、腋窩レベルで平均3.0±2.1%、剣状突起レベルで平均3.1±1.4%、第10肋骨レベルで平均4.5±2.6%となっていた。これらの値は健側拡張率と比して低値となっており、結果的に脳卒中後片麻痺患者の麻痺側拡張率と健側拡張率の比(麻痺側拡張率/健側拡張率)は1以下となっていた。しかしながら、脳卒中後片麻痺患者の麻痺側拡張率と健側拡張率の比は、健常成人における拡張率の左右比と比して有意な差異はなかった。
【考察】今回の検討では、回復期リハ病棟入院中の脳卒中後片麻痺患者における麻痺側胸郭拡張性が低下している可能性が示唆されたが、統計学的な有意差にはつながらなかった。その理由としては、患者数が決して多くはなかったことが第一に挙げられるが、それ以外に対象の麻痺レベルが重篤ではなかったこと、日常生活動作能力も保たれている患者が多かったこと(対象となった脳卒中患者のBarthel指数の平均点は79±15.6点、10人中9人で歩行が自立)なども影響を与えたと考える。今回の対象よりも総じて麻痺レベルが重い患者群を対象に含めることで、結果がよりはっきりとしたもの(有意差を示すもの)になるのではないかと考察する。今後は、症例数を増やすとともに、麻痺の程度やADLレベルにも着目した検討も行っていきたい。
【理学療法学研究としての意義】脳卒中後片麻痺患者における片側胸郭拡張性の計測は、現在のところ、臨床上において確立された評価法とは言いがたく、決して一般的でもない。しかしながら、脳卒中後片麻痺患者における胸郭拡張性の低下が、脳卒中後に好発する呼吸器系合併症の重要な誘因となっている可能性は十分にある。よって、テープメジャーを用いた徒手的な片側胸郭拡張性の測定が、スクリーニング検査として確立されれば、CTやスパイロメータを用いることなく、潜在的な呼吸器系合併症のハイリスク患者を見つけ出すことが可能になるものと期待される。