抄録
【目的】我々は第44回本学会にてラット膝関節4週間固定後の自然治癒が関節軟骨に及ぼす病理組織学的影響を報告した.その結果,8週間ないし16週間の自然治癒では,固定解除5週後にはすべてのラットの膝関節伸展制限は改善に回復したものの, 関節軟骨の器質的な改善には至らなかった.関節軟骨の表層に増生した線維性結合織と滑膜との癒着については,8週間よりも16週間の自然治癒にて癒着した線維間の間隙が拡大し改善傾向を示した.しかし関節軟骨は本来の硝子軟骨ではなく線維軟骨に類似した組織に置換されている組織像が確認された.
これらより関節可動域の改善と関節軟骨の組織像は乖離していると推察できるが,関節不動化後の長期にわたる自然治癒が関節軟骨の器質的な改善に影響を及ぼすのか検討された先行研究はなく不明のままである.そこで今回,ラット膝関節拘縮4週間後に24週間と32週間の自然治癒を行い,関節軟骨における改善の有無を検討するために実験を行った.
【方法】対象は9週齢のWistar系雄ラット16匹(体重270gから284g)を用いた。8匹は各週のコントロール群として通常飼育した.残りの8匹は自家製ジャケットを用いて右後肢をギプス固定し,左後肢は制約を加えず自由にした.膝関節周囲と足関節より遠位は骨の成長を考慮して露出させ,浮腫の確認および大腿骨,脛骨の成長を妨げることがないようにした.ラットは,プラスチック製のケージ内にて個別に飼育し,ギプス固定後も両前肢と左後肢で飼育ケージ内を移動できる状態であった.実験期間中,水と餌は自由に摂取可能な状態で飼育した.2週間にて巻き直しを行い4週間の固定を維持した.固定期間中にギプスが外れたものや浮腫を認めた際には,直ちに巻き直し固定を維持した.4週間の固定期間終了後,ギプスを解除してラットを無作為に24週間の自由飼育を行う群(24週群,n=4),32週間の自由飼育を行う群(32週群,n=4)に分け,ケージ内にて通常飼育を行った.実験期間終了後,4%パラホルムアルデヒドにて還流固定し,両後肢ともに股関節より離断して浸透固定した.EDTAにて脱灰し,膝関節を矢状面で2割にする切り出し,中和を経てパラフィン包埋した.滑走式ミクロトームにて厚さ約3μmに薄切し,ヘマトキシリン・エオジン染色を行い光学顕微鏡下にて膝関節の関節軟骨を中心に鏡検した.
【説明と同意】本研究は金沢大学動物実験規定に準拠し,同大学が定める倫理委員会の承認を得て飼育,実験を行った.
【結果】1.膝伸展制限角度の変化
右膝関節の伸展制限は固定解除後1週より各群ともに改善傾向を示し,固定解除5週後には可動域は完全に回復した.
2.膝関節組織像
24週群の関節軟骨では大腿骨軟骨表層の線維増生がみられ,一部の標本で増生した線維組織と前方滑膜との部分的な癒着が確認された.癒着部分は緩い線維組織となっており間隙を有していた.また,大腿骨の中央部から前方にかけて部分的に軟骨の変性が確認され,部分的に関節軟骨の菲薄化が認められた.
32週群の関節軟骨では24週群と同様に軟骨表層の線維増生がみられたが,いずれの標本でも癒着は確認されなかった.24週群でみられた軟骨の変性はすべての標本で確認され,関節軟骨の菲薄化は大腿骨全体に波及し24週群よりも甚大であった.
いずれの群で確認された関節軟骨の変性は,本来の硝子軟骨ではなく線維軟骨に類似した組織へと置換されていた.
【考察】今回の結果から,関節不動化後の長期間の自由運動では関節可動域の改善を示すものの,関節軟骨の組織像は正常から逸脱した所見を得た.関節不動化後の自然治癒は,自由運動を行うことで癒着部に機械的な刺激を与え軽減に寄与するものの,関節軟骨は改善傾向を及ぼさない可能性が考えられる.今後は関節を他動的に動かす可動域運動やモビライゼーションが関節軟骨の器質的な改善を及ぼすかどうか検討する必要性があると考えられる.
なお,本研究はラットを用いた動物実験であり同様のことがヒトでも起こり得ることを示唆するものではないが,関節可動域の改善と関節軟骨の器質的な改善とは乖離していると考えられる.
【理学療法学研究としての意義】拘縮の病態は諸家により様々なものが報告されているが,一度発生した拘縮が自然治癒にて改善するか否か検討されておらず議論の余地を残している.そのため拘縮による関節構成体の変化が,自然治癒にてどの程度改善するのかを解明する必要があると考えられる.
また,理学療法士が経験的に行っている可動域運動やストレッチが関節構成体に及ぼす影響は不明な点が多く,その科学的根拠は不明であると言わざるを得ない.徒手的な治療が関節構成体に及ぼす影響を検討するとともに,自然治癒では改善しない組織への治療を展開する上で基盤となる研究と考えられる.