抄録
【目的】
近年,脳卒中者や脊髄損傷者に対する部分免荷トレッドミル歩行訓練(以下,BWSTT)が注目を集めており,その治療成績も数多く報告されている.一般的に,BWSTTにおける懸垂作用は,弱化した麻痺脚の免荷に働くとされているが,トレッドミル歩行中の時間・距離因子や運動学的因子に及ぼす影響に関しては明確になっていない.
本研究では, 異なった懸垂量に設定したトレッドミル歩行の三次元動作解析を行い,懸垂作用が時間・距離因子および運動学的因子に及ぼす影響について検討した.
【方法】
対象は,健常者10名(男性6名,女性4名,年齢27±6歳)とした.使用機器は,三次元動作解析装置KinemaTracer(キッセイコムテック株式会社製),ADAL 3D Treadmill(Tecmachine社製),懸垂装置MH-100(象印チェンブロック株式会社製)を使用した.計測は,被験者の身体に計10個(両側の肩峰・大転子・大腿外側上顆・外果・第5中足骨頭)のマーカを装着し,4km/hに設定したトレッドミル歩行をサンプリング周波数60Hzにて20秒間記録した.懸垂量の設定は,懸垂なし:0% Body Weight(以下,BW),20%BW,30%BW,40%BWの4種類とした.
分析指標は,時間・距離因子として歩行率と歩隔,運動学的因子として装着したマーカより算出した合成重心の鉛直,前後,側方方向における振幅値(最大値と最小値の差)とした.
統計学的処理として,4種類の懸垂量に設定したトレッドミル歩行における各分析指標の比較に一元配置分散分析を,多重比較検定にTukey’s HSD procedureを用い,有意水準5%で比較した.
【説明と同意】
分担研究者が,ヘルシンキ宣言に基づき,口頭及び添付書類にある説明書を使用して,同意書に署名を得た.
【結果】
各懸垂量において歩行率,および歩隔を比較した結果,両者とも一定の傾向を示さず,有意差を認めなかった.歩隔は22.5±2.6cmであり, 0%BWから40%BWにおける変化量は2.8±1.2cm(最大値5.4cm,最小値1.5cm)であった.
鉛直方向および,前後方向の振幅値は,懸垂量が増加するとともに全対象者において減少傾向を示し,前後方向に比べ鉛直方向が大きく減少していた.鉛直方向は,0%BWとその他全ての懸垂量の間と20%BWと40%BWの間に有意差を認めた.前後方向については,0%BWと30%BW,0%BWと40%BWの間に有意差を認めた.側方方向については,0%BWの状態から鉛直方向と前後方向に比べ高い値を示しており,8名が減少傾向を,2名が増加傾向を示し,有意差は認めなかった.
【考察】
懸垂量を増加した際の歩行率と歩隔の変化は一定の傾向を示さなかったが,歩隔に関しては増減の変化はわずかであり,0%BW時の距離が保たれる傾向を認めた.
重心の振幅値は,懸垂量の増加に伴い,鉛直方向と前後方向とも減少していたが,側方方向では一定の傾向を認めなかった.鉛直方向の振幅値が大きく減少した原因は,懸垂方向と同一方向であることから,上方へ懸垂する働きが重心の上下動を妨げたためと考えた.側方方向が鉛直方向と前後方向に対して高い値を示した原因は,歩隔分の側方方向への重心移動によるものと推察した.また,前後方向の振幅値が鉛直方向と側方方向に対して低い値を示したのは,トレッドミル歩行が同一空間上を歩行するという特性から,前後方向への移動が少なかったと考えた.
以上の結果より,トレッドミル歩行における懸垂作用が健常者の時間・距離因子と重心移動に及ぼす影響を明らかにすることができた.今後,側方方向の振幅が減少を示さなかった原因を追求するとともに,脳卒中者や脊髄損傷者の検討も進めていきたい.
【理学療法学研究としての意義】
三次元動作解析による歩行分析は,時間・距離因子や運動学的因子といった客観的指標により詳細に評価することができる.よって,今後,BWSTTの効果判定の評価に関しても,三次元動作解析の活用が望ましい.本研究の結果は,脳卒中者や脊髄損傷者におけるBWSTTの効果判定時の参考データとして有用になると考えている.