抄録
【目的】人の歩行における力学的な解析では、床反力や足圧計による計測が行われてきたが、連続歩行の足圧分布を解析することは困難であった。しかし、足圧分布の評価解析機能を有したトレッドミルが開発され、長時間に渡り歩行時の足圧を連続して計測することが可能となった。つまり、十分な歩行路の設置が不可能な状況においても、信頼性の高い多歩数解析が可能となった。本研究は足圧分布計測システムをベルト面下に配置したトレッドミルを用いて、健常若年者と健常高齢者の歩行分析を行った。
【方法】対象は健常若年者41名(男性32名、女性9名)、年齢19.3±0.5歳、体重62.8±9.5kgである。そして健常高齢者30名(男性9名、女性21名)、年齢76.0±4.7歳、体重52.3±8.5kgである。
方法はビデオ画像と同期した足圧評価解析機能を有するトレッドミル(Zebris WinFDM-T、Zebris Medical GmbH)を用いて30秒間の歩行の計測を行った。被験者は事前に数分間の練習を行い、トレッドミル歩行に十分に慣れた後、安全に歩行可能な至適速度にて計測を行った。転倒事故を防止するため、トレッドミルの前方に手すりを設置し、後方と側方に介助者を配置した。計測された足圧は一歩行周期中の最大値を用いた。足底部を前足部、中足部、後足部に分割し、それぞれの部位の足圧を算出した。算出された足圧データは、足底接触面積と体重で正規化を行った。また、時間距離的因子である歩行速度、重複歩距離、歩調を算出した。なお、重複歩距離は身長で正規化を行った。
統計処理は群内での各部位間での比較にはANOVAを用い、post-hoc比較としてGames-Howell法を行った。群間比較ではWelchの検定を行った。すべての検定において、有意水準は5%未満とした。
【説明と同意】本研究は、吉備国際大学「人を対象とする研究」倫理規定、『ヘルシンキ宣言』あるいは『臨床研究に関する倫理指針』に従う。吉備国際大学倫理審査委員会に申請し、審査を経て承認(吉備国際大学倫理審査委員会 受理番号:08-05)を得た。対象者に対し、臨床研究説明書と同意書にて研究の意義、目的、不利益および危険性、口頭による同意の撤回が可能であるということなどについて、口頭および書類で十分に説明し、自由意志による参加の同意を同意書に署名を得て実施した。
【結果】若年群の足圧は前足部0.17±0.02N/cm2・kg、中足部0.08±0.03 N/cm2・kg、後足部0.19±0.05 N/cm2・kgであった。また、時間距離的因子は歩行速度64.2±10.3 m/min 、重複歩距離62.6±8.7 % 、歩調59.4±3.9 strides/minであった。高齢群の足圧はそれぞれ0.16±0.03 N/cm2・kg、0.08±0.02 N/cm2・kg、0.14±0.04 N/cm2・kgであった。時間距離的因子はそれぞれ26.0±11.9 m/min、33.3±12.3 %、55.0±10.0 strides/minであった。
群内比較において足圧は、高齢群の中足部は前足部と後足部に比べ有意な低値(p<0.001)を示した。若年群では中足部は前足部と後足部に比べ有意な低値(p<0.001)を示した。前足部は後足部に比べ低値(p<0.05)を示した。
群間比較において足圧では後足部のみ健常群に比べ高齢群の低下(p<0.001)を示した。時間距離的因子では高齢群は歩行速度の低下(p<0.001)、重複歩距離の低下(p<0.001)、歩調の低下(p<0.05)を示した。
【考察】健常群は後足部の足圧が高値を示していた。対照的に高齢群の歩行は、重複歩距離、歩調の減少による歩行速度の低下、そして後足部の足圧が低値を示していた。
立脚相には踵、足関節、前足部の3つのロッカー機能が存在する。しかし、高齢者は加齢による椎間板変性や骨密度の減少により椎体が変性し、代償的に膝関節と股関節の屈曲、足関節の背屈によって矢状面での姿勢変化が引き起こされている。そのため、立脚初期の足関節背屈筋の遠心性収縮が困難となり、踵ロッカーが機能していないと考えられた。これにより、足関節ロッカーと前足部ロッカーも機能不全を来しており、重心を利用した効率的な歩行が困難となっていると考えられた。
高齢者の歩行の特徴として小刻み歩行、すり足歩行、歩隔の拡大などがあげられる。つまり姿勢と歩容の変化により、踵ロッカーを機能させるために必要な踵接地が十分に行えておらず、後足部を活用できない状態と考えられた。そのため、前足部を中心とした狭い範囲での重心制御によって歩行を遂行していると考えられた。
【理学療法学研究としての意義】足圧評価解析機能を有するトレッドミルにより、これまで困難であった足圧の多歩数計測が可能となることで、信頼性の高い解析が可能である。また、加齢による足圧の変化を明確にすることで、健康寿命の増進や疾患の特異的な足圧様式の考察を深める基盤となり、理学療法学研究としての意義は大きい。