抄録
【目的】体幹深部筋のトレーニングは,体幹の安定性やバランスの向上,腰痛予防・改善に重要であり,その方法も多くの種類があり使用機器を含め多岐にわたっている.しかしながら,それらのトレーニングを実施した際の運動強度や循環応答に関する報告は少ないため,運動処方時に運動強度を設定するための情報が少ない.本研究は,体幹深部筋トレーニングで使用される2種類の機器(バランスボール・不安定板)を使用した運動を実施した際の心拍応答を解析し,両者の身体に与える影響を検討することを目的とした.
【方法】対象は健常成人7名(男性4名・女性3名,平均年齢22.6歳,平均身長(標準偏差)167.0(7.0) cm,平均体重(標準偏差)57.1(4.3) kg)とした.対象者には,以下の課題1および課題2を順不同で実施した.課題1:直径60 cmのバランスボール(HYGENIC社製)上で床に足の着く端座位をとらせ,対側上下肢挙上・20秒間保持を左右交互に3分間反復した後,安静座位を2分間保持させた.課題2:椅子に載せた直径250 mm,高さ70 mmの不安定板(ペアサポート社製)上で床に足の着く端座位をとらせ,課題1と同じ運動を実施した.各課題ともに,呼吸代謝測定器(AE-300S,ミナト医科学社製)を使用し,安静座位時・運動時・運動後回復時の酸素摂取量をbreath-by-breath法で測定した.測定した安静座位時の酸素摂取量を1METとし,各課題時の運動後半1分間の酸素摂取量から運動強度[METs]を算出した.また,HRモニター(S810i,Polar社製)を使用し,安静座位時・運動時・運動後回復時の心拍数(HR)[beats・min-1]を測定し,安静時平均HR,運動時HR(運動後半1分間の平均HR)を算出した.さらに,運動後回復期1分間のHRデータにてスペクトル解析を行い,LF成分(0.04-0.15 Hz)とHF成分(0.15-0.4 Hz)を求め,LF/HF比[%]を算出した.統計解析はSPSS Ver.16を使用し,Freedman検定(多重比較:Wilcoxonの符号付順位検定)・対応のあるt検定を行い,両課題間の比較を行った.有意水準は5%とした。
【説明と同意】本研究は,首都大学東京荒川キャンパス研究安全倫理委員会の承認を得た後,被験者に対して実験の目的・危険性等の説明を行い,書面にて実験参加の同意を得て実施した。
【結果】運動強度[METs]の平均値(標準偏差)は課題1:2.3(0.3),課題2:2.1(0.2)であった.安静時HR[beats・min-1]の平均値は72.0(6.6),運動時HRの平均値は,課題1:89.9(11.8),課題2:86.8(9.8)であった.HF成分[ms2]は,課題1:25.4(7.1),課題2:21.1(4.7),LF/HF比は,課題1:6.7(2.7),課題2:5.0(1.2)で,これらの全ての項目において両課題間に有意差はなかった.
【考察】一般に,身体運動により筋活動量が増加すると酸素需要が増加する.その必要量に応じて酸素供給しなければならないため,換気量・呼吸数の増加,心拍数・1回心拍出量の増加などの呼吸循環応答がみられるが,運動を終了し安静状態を保てば,これらの変化は回復へと向かう.本研究において,2種類の機器を用いた体幹深部筋エクササイズを行った際の酸素摂取量・心拍数に差はみられなかった.これらのことは,座面の不安定要素に対応するために活動している体幹筋や,上下肢を挙上する運動に関与している筋の活動量の総量は,課題1・課題2ともに同程度であることを示している.また,副交感神経系活動を反映するとされるHF成分,交感神経系活動を反映するとされるLF/HF比に関しても両課題間に差がなかったことから,これらのことは,運動後の安静状態での回復に関与する自律神経系の反応も,両課題間で同様であることを示している.よって,本研究で行った2つの課題は,使用機器が異なっているものの,身体に与える影響は同様であったことが示唆された.
【理学療法学研究としての意義】理学療法は様々な種類・強度の運動を対象者に実施させる.そのため実施した運動が身体に与える影響を,様々な視点から検討することは重要である.本研究は,体幹深部筋エクササイズを実施した際の影響を,呼吸循環応答(主に心拍数の回復という視点)から検討したものである.さらに多くの運動に関して検討を進めることにより,理学療法実施時の指標になると考える.