抄録
【目的】近赤外分光法(near infrared spectroscopy;以下,NIRS)は,非侵襲性・非拘束性であり,運動中の脳循環動態から間接的に脳活動が測定できることから,リハビリテーション医学での臨床応用が始まっている.しかし,NIRSの空間分解能はcm単位であり,脳循環以外にも皮膚血流や心循環の影響も受けることから,活動部位の特定において信頼性が高いとはいえない.また,NIRSデータの解析にあたっては,標準的な解析法はなく,諸家が独自の方法で行っている.これらことから,本研究では,運動時におけるNIRSの脳循環動態と空間分解能の高い脳磁図(magnetoencepharograhy;以下,MEG)による脳神経活動部位との比較を行い,NIRSデータの計測方法と有用性を検討した.
【方法】本研究の趣旨を十分に理解し,同意の得られた神経系に障害のない右利き健常成人を対象とした.対象者にはNIRSでは,4×4(24ch)のプローブを,国際10-20法に基づくCzを基準として左感覚運動野を覆うように装着した.運動課題は,安静30秒,右示指タッピング30秒,安静30秒のブロックデザインとし連続3set行った. SPM(Statistical Parametric Mapping)5を使用して作成されたソフトであるNIRS-SPMを用いて,測定結果をMRI上に展開した. MEGでは,タッピングを3秒に1回のペースで60回行った.その際,レーザー光をトリガーとし,示指タッピングの際に指が机から離れた瞬間を0秒とした.解析は,結果を加算平均することで運動関連脳磁界を算出し,空間フィルター法を用いて活動領域をMRI上に示した.
【説明と同意】本研究を行うにあたり,対象者には本研究の趣旨,方法,目的,測定上の注意点に関する十分な説明を行い,書面にて同意を得た.なお,本研究は,広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座倫理委員会の承認を得て行った.
【結果】NIRSでは,課題実行時においてdeoxy-Hb変化量は小さく,oxy-Hb変化量の増加が得られた.そのため,oxy-Hbに注目し解析を行った.NIRS-SPMを用いてMRIにマッピングした結果,MEGにおける示指タッピング時の運動誘発脳磁界(motor evoked field)と同一部位である左感覚運動野で神経活動が生じることが推定された.
【考察】NIRS-SPMは,ウェーブレット変換を用いた多重解像度解析を用いている.ウェーブレット変換にて,NIRS信号を周波数分解し,課題に関する主成分を再構成することにより,脳活動を抽出し,脳機能画像を作成することが可能である.本研究では,ウェーブレット変換を用いることにより,示指タッピング時におけるNIRS信号が,運動関連脳磁界と同一部位で大きく変化することが本研究から明らかになった.これは,脳循環動態と脳神経活動が相互に発現変化することを示唆する.脳血流変動の生理学的意味については,今後,血圧や心拍,fMRIとの同時計測を行い,脳血流変動の生理学的意味やneurovasculer couplingのメカニズムについて検討する必要がある.
【理学療法学研究としての意義】NIRSは,運動中やベッドサイドでの測定が可能あり,理学療法における臨床応用が期待されている.本研究では,NIRS信号における解析方法や信号処理において,運動関連脳磁界と比較することで,ウェーブレット変換による多重解像度解析の信頼性を述べた.このことは,リハビリテーション医学の分野における臨床応用について,今後の神経疾患における理学療法評価に有効であると考えられる.