抄録
【目的】近年、ローカル筋と呼ばれる腹横筋や骨盤底筋群は,脊柱の安定性に重要な役割を果たすと言われており,これらの筋群に対するアプローチとしてさまざまな方法が紹介されている.なかでも骨盤底筋を意識的に収縮させることによって同時に腹横筋の筋収縮が促通されると報告されており,臨床場面でも口頭指示により骨盤底筋群を意識した指導を行っている.しかし骨盤底筋群を同時に収縮させることによって腹横筋の筋収縮を促通されるのか?という点について明確にされていない.一方,グローバル筋である腹斜筋群との同時収縮を避けるため,腹横筋の最大収縮を行わずに指導することが一般的に勧めている.しかしどの程度の筋収縮力を意識するように指導すれば適切であるか疑問である.
そこで本研究では,骨盤底筋群に対する口頭指示により収縮を促すことによって,腹横筋にどの程度の筋収縮が促通されるか?およびどの程度の筋収縮力を意識して行うか?という点について明確にすることを目的とし,超音波画像装置を用いて腹横筋筋厚を計測して検討したので報告する.
【方法】対象は,健常成人7名(男性3名、女性4名、平均年齢23.5±1.2歳)とした.取込基準として,腰痛をはじめ疼痛を生じる整形外科疾患を有さない者とした.除外基準は3ヶ月以内に腰痛の既往を有する者とした.腹横筋の筋厚は,超音波画像診断装置(東芝社製Nemio SSA-550A,14MHzプローブを使用)を用いて測定した.測定部位は右腹横筋中部線維とし、右前腋窩中線における肋骨稜と腸骨稜の中点にて測定した.測定肢位は膝立て背臥位とし、測定条件は口頭指示によって以下の4条件と実施した.条件1;腹横筋の筋収縮を促す目的で,「下腹部に力をいれる」ように筋収縮を行う.条件2;骨盤底筋群の収縮を促す目的で,「尿を止める」ように筋収縮行う.条件3;骨盤底筋群の収縮を促す目的で,「お尻を閉める」ように筋収縮を行う.条件4;腹横筋と骨盤底筋群を同時に収縮する目的で,「尿を止める」もしくは「おしりを閉める」条件から同時に「下腹部に力を入れる」ように行う.いずれも条件においても,「できるかぎり力を入れる場合(100%)」「やや強めに力を入れる場合(60%)」「軽く力を入れる場合(30%)」の3段階の筋収縮力を意識させて行った.測定手順として,ある条件下における安静時の筋厚を測定した後,口頭指示により筋収縮を行わせ筋厚を再度測定した.
測定回数は,条件1~4に3つの筋収縮力について各々3回ずつ,計12回実施した。この際,各条件間に3分以上の十分な休息をとり,疲労に配慮した.また条件1~4の施行順序は無作為とした.分析方法は,各条件下における収縮時から安静時の筋厚の変化量を算出した.また得られた3回の測定値を平均して代表値とした.統計学的解析は,統計解析ソフトSPSS(ver.17.J)を使用して,口頭指示条件と筋収縮力を2要因とした2元配置分散分析を行い,その後の検定として多重比較検定(Tukey-Kramer法)を実施した.有意水準は5%未満とした.
【説明と同意】研究の実施に際し、被検者に対して書面及び口頭で研究趣旨を十分に説明し,同意を得た上で実施した.
【結果】収縮力の違いにより筋厚変化量は有意に減少傾向(p=0.015)が認められたものの,口頭指示による収縮力の違いによる筋厚変化量の差は認めなかった.
また各条件下の収縮力間の差も認められなかった.
【考察】本研究では,口頭指示による骨盤底筋群の収縮が腹横筋の筋収縮へ及ぼす影響について検証した.その結果,腹横筋の収縮を意識した場合と骨盤底筋群の収縮を意識した場合では,腹横筋の筋厚変化量に相違は認められなかった.また収縮強度を変更しても同様に腹横筋筋厚に相違は認められなかった.つまり骨盤底筋群の収縮を意識させることによって腹横筋の収縮を促通しているとは言い難かった.しかし腹横筋の筋厚に変化が認められない場合でも骨盤底筋群と同時収縮を行うことによって腹圧は高められる可能性もあることから,この点に関しては今後の課題としたい.
【理学療法学研究としての意義】本研究は,腹横筋に対する効率良いトレーニングを実施する上で,骨盤底筋群の関与を検証した基礎的研究である.口頭指示による骨盤底筋群や腹横筋に対する意識づけにより,いずれの指示においても同程度の腹横筋収縮が得られたことを明らかにした.