抄録
【目的】
機能障害に対して種々の理学療法を行うにあたり、理学療法士は評価の一つとして生体組織を触診し、硬さの違いや萎縮など異常の有無を確認する。また、マッサージやストレッチなどにより、筋の硬さが減少することを触診によって確認しているが、客観的な評価にはつながらない欠点があった。近年、簡便に生体の硬さを測定できる筋硬度計が市販されるようになった。そこで、本研究では、一般に市販されている筋硬度計を用いて生体組織の硬さを測定し、その有用性を確認することを目的に再現性と妥当性から検討した。
【方法】
<実験1> 対象はすべて健常成人10名(body mass index; BMI 22.4±4.2)で、測定者3名とした。各測定者は、被験者に対して下腿後面の硬さを測定した。測定には、筋硬度計(TRY-ALL社製、NEUTON TDM-NA1)を使用した。測定は、連続して5回行い、それぞれ5回の測定値の最大値および最小値を省き、残りの数値の平均値を各測定値とした。1度に同一被験者の左右2肢を順に測定し、その10~20分後に、2度目の測定を同様に行った。さらに、3人のうちの1人の測定者については、最初の測定から約30分後に3度目の測定を行った。統計学的解析には、級内相関係数(ICC)を用いた。
<実験2> 対象は健常成人14名とし、コントロール群7名(BMI 21.2±2.9)、とマッサージ群7名(BMI 21.7±1.7)に無作為に分けた。コントロール群は筋硬度測定後、腹臥位で10分間安静にさせ、その後再び筋硬度の測定を行った。マッサージ群は筋硬度測定後、腹臥位で左下腿後面に10分間マッサージを行い、その後再び筋硬度を測定した。統計学的解析には、対応のあるt-検定およびMann-WhitneyのU検定を用いた。
【説明と同意】
すべての実験の対象者には、実験内容を説明し、同意を得たうえで実験を開始した。
【結果】
<実験1>各測定者は、2度(測定者3においては3度)の測定値に有意な差は認められなかった。いずれの測定者においても最低値を示した被験者は同一者であり、最高値についても、同一被験者から得られた値であった。また、同一被験者に対する各測定者の測定値を比較したところ有意な差が認められ、この時の級内相関係数は、一度目がICC(2,1)=0.88、ICC(2,3)=0.96、二度目がICC(2,1)=0.93、ICC(2,3)=0.98であった。
<実験2>コントロール群の10分安静前後の測定値に有意な差は認められなかった。一方、マッサージ群ではマッサージ前後の筋硬度に有意差を認め、マッサージ後の筋硬度は有意に低値を示した(p<0.05)。さらに、コントロール群とマッサージ群の刺激前後の測定値の差を比較したところ、マッサージ群の方が有意に低かった(p<0.05)。
【考察】
<実験1>今回の実験では、同一測定者内で高い再現性を示した。また、複数の測定者間の測定値の比較では、同一被験者に対する各測定者の測定値にばらつきがあるものの、各測定者の測定値はICC=0.9前後と非常に高く、一貫性が認められた。これらのことより、本硬度計を用いた軟部組織の測定値の比較は、同一測定者内であれば定量的に扱うことが可能であることが示唆された。一方、各被験者の測定値を同一測定者内でみてみると、測定値にはかなりの幅があった。そこで、各被験者のBMIと筋硬度を比較したが、各値に関係性は認められなかった。今回、被験者を健常成人とし、可能な限り測定条件を一定にしても下腿後面の筋硬度は被験者によって異なっていた。これらのことより、筋硬度の基準値を確定することは困難であり、各患者の治療効果の評価は可能であっても正常値との比較は困難であることが分かった。
今回の実験で、同一被験者に関して測定値を比較する場合は、必ず同一測定者が測定しなければならないことが分かった。その一方で、複数の被験者の測定値を比較する場合には、測定者が複数であっても各被験者が同一測定者で測定されていれば、相対的な比較は可能であることが明確となった。
<実験2>コントロール群は、筋硬度に影響を与えなかったのに対し、マッサージ群では施行前後で有意に筋硬度は低下した。これにより施術者の触診で感じていた硬さの低下を数値として示すことができた。また、刺激前後の測定値の差を群間で比較した結果、コントロール群に対してマッサージ群の筋硬度は有意に低かった。今回、7名という少人数ではあったが、マッサージ施行による筋硬度の低下を客観的に確認することができた。このことは、われわれが臨床で経験するマッサージの効果とも一致しており、筋硬度の客観的評価における筋硬度計の有用性が確認できた。