抄録
【目的】
臨床において,筋の硬さに起因する症状や病態に遭遇する機会は多い.しかし,一般に,筋の硬さは触診によって定性的に評価されることが多く,定量的に評価されることは少ない.近年,筋の硬さを皮膚の表層から測定する筋硬度計が開発され,筋疲労,筋-筋膜性疼痛の評価に用いられている.これらの研究では,安静臥位や座位にて筋硬度測定を行っているものが多い.我々は,第44回日本理学療法士学術大会において,慢性腰痛の有る者と無い者を対象に,起立傾斜台の傾斜角を徐々に増加させ,腰部への荷重負荷を増大させたときの最長筋の筋硬度変化について調査し,慢性腰痛の有る者は,起立傾斜台の傾斜角が増大するにつれて最長筋の筋硬度が増加しやすいことを報告した.しかし,筋収縮の増大に伴う筋出力と筋硬度,さらに筋電活動との関係については検討していなかった.そこで,本研究は,筋出力と筋硬度との関係の基礎資料とするため,若年者を対象に,等尺性膝伸展力を段階的に増加させたときの内側広筋の筋硬度および筋電図を測定し,随意収縮に伴う筋出力と筋硬度および筋電活動の関係について検討した.
【方法】
対象者は,健常成人男性10名,平均年齢28.0±5.5歳であった.除外条件は,測定下肢に整形外科疾患を有する者,中枢神経疾患および神経症状を有する者,またはそれらの既往歴を有する者とした.なお,対象者に対し測定前日の多量の飲酒や激しい運動は避けるよう指示した.測定下肢は利き足とし,筋電図および筋硬度の対象筋は内側広筋とした.等尺性膝伸展力は,COMBIT CB-2(ミナト医科学)を用いて測定した.測定姿勢は膝関節を60°屈曲位に設定し,骨盤および両大腿部をベルトで固定し両手を胸部前方で組んだ状態とした.筋電図は,BAGNOLI-8 EMG SYSTEM(DELSYS社)を用い,上前腸骨棘と内側側副靭帯前縁の関節裂隙を結ぶラインの遠位80%部位に電極を接着した.筋硬度は,生体組織硬度計PEK-1(井元製作所)を用い,筋電図電極接着部位の2横指遠位部を測定した.段階的な等尺性膝伸展力は,20%,40%,60%,80%,100%最大随意収縮(MVC)とした.測定プロトコールとして,まず安静時の筋硬度を測定し,その後100%MVCを5秒間持続させてトルク値,同時に筋硬度および筋電図を測定した.次に,100%MVCのトルク値から20~80%MVCのトルク値を計算し,各%MVCを5秒間持続させて同時に筋硬度および筋電図を測定した.筋硬度の測定回数は2回とし,その平均値を代表値とした.筋電図の解析は,DELSYS EMG works3.1(DELSYS社)を用い,各%MVCで測定した5秒間の筋電図の前後1秒間を除いた3秒間の積分筋電図(iEMG)を求めた.統計解析は,SPSS11.0J for Windows(SPSS.Inc)を用いて,各%MVCによる筋硬度とiEMGの比較は一元配置分散分析を用い,多重比較検定としてTukey法を行った.
【説明と同意】
対象者には事前に書面にて研究内容を説明し,同意を得たうえで測定を行った.
【結果】
筋硬度は,0%から80%MVCまで線形に増加し,80%MVCから緩やかに増加した.一方,iEMGは,20%から80%MVCまで線形に増加し,80%MVCから著明に増加した.
【考察】
随意収縮による筋力は,運動単位の種類と総数による調節,α運動ニューロンの放電頻度の増加,運動単位の活動時相による加重,の3要因からなる.弱い筋収縮時には主に運動単位の動員が中心となり,強い筋収縮へ移行するにつれて放電頻度の増加が大きく関与する.%MVCの増加に伴う内側広筋のiEMGの結果から,80%MVCまでの筋硬度の増加は,主に運動単位の動員,およびα運動ニューロンの放電頻度の増加により,筋収縮に参加する筋線維数が増加するため筋硬度も高くなると考えられる.一方,80%MVC以降,筋硬度は緩やかに増加し,逆にiEMGは著明に増加した.これは80%MVCまでの運動単位の参加数による調節に加えて,さらなるα運動ニューロンの放電頻度の増加および運動単位における活動時相の加重が起こるため,80%MVCから筋硬度が高まりにくくなったと考えられる.
【理学療法学研究としての意義】
筋収縮に伴う筋出力と筋硬度,筋電活動との関係を検討することは,抗重力位への姿勢変化や静的運動における筋硬度の特徴を検討するための基本的な資料となる.