理学療法学Supplement
Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: O1-087
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一般演題(口述)
上肢運動障害に対する水治療適応の可能性
長田 幸子山田 深岩本 哲哉村井 歩志渡邊 智子伏屋 洋志寺林 大史大田 哲生木村 彰男
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抄録
【目的】
水の物理的特性を利用した水治療は様々な疾患に適用があり、近年では中枢神経疾患に対する運動療法としても循環機能の改善などの目的で利用されている。我々は失調症患者を対象とした先行研究で、水中での膝関節屈曲伸展反復運動における筋活動の特性が協調運動障害に対する運動療法として利用できる可能性を示した。そこで今回は、肘関節屈曲伸展反復運動中の筋活動および関節角度変化を計測して水中における動作の協調性を陸上と比較することで、上肢運動障害に対する水治療適応の可能性について検討した。
【方法】
失調症患者1名、左片麻痺患者1名を対象とし、陸上および水中で肘関節屈曲伸展運動を行った。<症例1:橋出血、76歳男性>右上下肢に失調症状を呈し、軽度の測定障害、企図振戦を認めた。右上肢機能はBrunnstrom Recovery Stage 6、STEF 16点であった。<症例2:多発性脳梗塞、75歳男性>軽度の左片麻痺を呈し、左上肢機能はBrunnstrom Recovery Stage 5、STEF 57点であった。いずれの症例もADL動作は監視から修正自立レベルであった。被験者には椅子上で座位をとらせ、胸骨柄から目標点まで患側上肢の肘関節屈曲伸展反復運動をメトロノームの音に合わせてできるだけ滑らかに行うように指示をした。目標点は肩関節屈曲90度、肩関節内転外転0度、肘関節伸展0度、示指を伸展した距離で胸骨柄と同じ高さに定め、スポンジ片を固定し示指で触れるようにした。浸水する水位は胸骨柄の高さとし、上肢を水面につけた状態で運動を実施した。運動周波数は45、60、75回/分とし、メトロノームを設定した。運動中の上腕二頭筋(BB)、上腕三頭筋(TB)の表面筋電波形、および肘関節角度はマルチテレメーターシステムを用いてハードディスクに記録した(バンドパス10~500 Hz、サンプリング周波数2000 Hz)。電極はディスポ電極を使用し、電極とコネクタ間にはシーリング材で防水処理を施した。また、肘関節角度変化は運動軸に合わせて貼付した電気角度計を用いて計測した。陸上、水中ともに測定前に十分な練習を行い、運動が安定した後に25秒間の波形を記録した。解析は記録開始5秒後から20秒間のデータを対象とし、筋電波形については全波整流の後、移動平均により平滑化処理を行った。これらの波形について、各運動周期に合わせてPC上でシミュレートした正弦波との相互相関係数(cross‐correlation coefficient:CC)を算出し、陸上および水中での動作の円滑さを比較検討した。統計および演算処理はMATLAB 6.1(MathWorks社)を用いて行った。
【説明と同意】
本研究の内容を十分に説明した上で、書面にて同意を得た。
【結果】
陸上では症例1、2ともに各周波数において肘関節角度と正弦波は極めて高い相関を示した(CC> 0.9)。水中では運動周波数が増加するにつれてCCは低下し、75回/分では症例1で0.33、症例2で0.89であった。筋電波形と正弦波のCCはいずれの条件においても0.79以上と高い相関がみられ、運動条件による明らかな差異は認められなかった。
【考察】
肘関節屈曲伸展反復運動は症例1、2ともに陸上ではメトロノームに合わせた円滑な運動が可能であったが、水中では速度が増加するにつれてCCが低くなる傾向がみられ、運動の軌跡にずれが生じていた。水中条件では水の物理的特性として上肢は浮力の影響を受けるほか、粘性抵抗、水流などが生じて運動に対する抗力となるが、低速度ではこれらの抗力に対する浮力の比率が大きく、陸上と同様の関節運動が可能であった一方、水流による抗力は運動速度の二乗に比例し、運動周波数の増大とともに抗力のエネルギーが増して協調運動を阻害したと考える。筋電図についてはBB、TBいずれの筋活動も運動周波数によらず音に合わせた一定のリズムが保たれていた。しかし、速度が連続的に変化する水中での反復運動においては速度依存性に生じる抵抗が一定ではないことに加えて乱流による多方向からの抵抗を受けるため、外乱に対してフィードバック補正を即座に働かせることが困難であり、肘関節の協調運動が阻害されたと考えられる。水中で円滑に関節運動を行うためにはフィードフォワード機構の働きが重要となり、水中での反復運動は予測的制御を強化して協調性の高い運動を実現するための訓練手法として応用が期待される。
【理学療法学研究としての意義】
本研究では水中での上肢運動に関する動作解析について正弦波との相互相関係数を用いて協調性を定量化する方法を考案し、水治療適応の可能性を運動生理学的視点から検討した。今後は継続的に水中運動を実施し、長期的な学習効果についても検討していきたい。
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© 2010 日本理学療法士協会
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