抄録
【目的】
脳卒中片麻痺患者において体幹機能は日常生活動作(ADL)を遂行する上で重要である。体幹機能評価法としてTrunk Control Test(TCT)が広く用いられている。TCTは4つの身体パフォーマンスをそれぞれ順序尺度で評価し、その合計点を100点満点にて評価を行う方法である。しかし、天井効果のために回復期、維持期の能力を鋭敏に捉えることができない。近年、Trunk Impairment Scale(TIS)が開発され、TCTと比較して、より鋭敏に体幹機能を評価できるとされている。TISは座位にて静的座位バランス、動的座位バランスそして体幹の協調性を反映した17項目をそれぞれ順序尺度にて評価し、その合計点を23点満点で判定する評価法である。先行研究によるとTISは高い信頼性、構成妥当性、併存的妥当性を有することが証明されている。しかし、TISは順序尺度であり、また項目数も多いため臨床場面において評価を実施するには時間を要する。より簡便な体幹機能評価法として座位バランス評価があるが、Sit-and-Reach test (SRT)はそのなかの一つで、座位での前方リーチ距離を測定する評価方法である。SRTは信頼性および予測妥当性が検証され、入院時のSRTと退院時のADLとの相関が証明されている。しかし、SRTではリーチ方向が前方なため下肢機能の影響を受けやすく、体幹機能の指標としては妥当性に欠ける。そこで我々は下肢機能の影響を受けにくく、体幹での制御をより必要とする座位側方リーチテスト(Sit-and-Side Reach test;SSRT)を考案し、体幹機能評価としての妥当性を検証した。
【方法】
対象は当院回復期病棟および療養型病棟に入院中の脳卒中片麻痺患者21名(男性8名、女性13名、平均年齢70.5±10.8歳、平均罹病期間26.8±16.3週)、およびN県K市の健康保健事業に参加した中枢性運動障害を有していない地域在住健常高齢者20名(男性4名、女性16名、平均年齢70.7±4.1歳)とした。SSRTの測定は、スライド式の測定器と、40cm台を用いた。測定方法は、開始肢位を40cm台上端座位とし、測定器を非麻痺側肩峰の高さに合わせたのち非麻痺側上肢90°外転、手指伸展位をとらせ、中指の先端が起点となるよう設定した。その後、非麻痺側へ最大リーチするよう指示した。測定中は非麻痺側下肢を床面から動かさないよう注意を促し、2回の練習を行ったのちに3回連続して測定し、その平均値を統計解析に用いた。その他の測定項目は体幹機能としてTISおよびTCTを測定し、ADLとしてBarthel Index (BI)を測定した。統計解析は健常高齢者との比較のためにt検定を用い、SSRTと各測定項目との関係をスピアマンの順位相関係数を用いて算出した。有意水準はすべてp<.05とした。
【説明と同意】
本研究は、研究実施施設施設長の承認を得て行われた。対象者には文書にて本研究の趣旨を説明し、書面での同意を得た。
【結果】
健常高齢者(29.2±4.3cm)と比較して脳卒中片麻痺患者(23.1±7.4cm)はSSRTが有意に低下していた(p=.0023)。脳卒中片麻痺患者のTCTは95.1±11.1点、TISは17.4±4.7点であった。BIは81.2±15.8点であった。SSRTとTIS(ρ=0.71, p<0.001)、TCT(ρ=0.60, p=0.003)そしてBI(ρ=0.73, p<0.001)との間には中等度から高い有意な相関があった。
【考察】
健常高齢者との比較により回復期から維持期の脳卒中片麻痺患者は座位側方リーチ距離が有意に低下していることが分かった。またTCTのスコアはほぼ満点であったのに対し、TISは17.4点と体幹機能の低下を示していた。これは先行研究で指摘されていたTCTが回復期や維持期の体幹機能を十分に評価できないことと一致している。相関の結果、SSRTはTISと高い相関を示したこと、TCTとは中等度の相関しかなかったことから、回復期から維持期の脳卒中片麻痺患者の体幹機能を評価できると考えられた。またBIとも高い相関を示したことから、SSRTはADLに必要とされる体幹機能を反映しているものと考えられた。
【理学療法学研究としての意義】
脳卒中片麻痺患者において体幹機能はADLを遂行する上で重要である。そのため、脳卒中片麻痺患者に対する理学療法において、体幹機能を客観的に評価し適切な治療訓練プログラムを立案し行うことが重要である。しかし、臨床の現場において四肢の機能を客観的に評価する方法は数多くあるが、体幹機能を評価する評価法は少ない。本研究で用いたSSRTは間隔尺度を用いているために体幹機能を客観的、定量的に捉えることができると考えられる。今回の結果より、SSRTは簡便に脳卒中片麻痺患者の体幹機能を客観的・定量的に評価できるものと考えられた。今後、症例数を増やし、予測妥当性についても検証を行う必要がある。