抄録
【目的】
Contraversive pushing(pushing)は脳卒中例の5~10%に出現し、ADL自立度を低下させる要因として臨床上問題となることは多い。Karnathは視床出血例を対象とした調査で、pushingの出現に傷害サイズが関与すると報告しているが、視床出血に伴う周辺局在の損傷等について詳しい言及はしていない。周辺局在の損傷を明らかにし姿勢や運動におけるネットワークを検討することは、pushingに対する有効な治療方法確立の一助になると考える。そこで今回、当院へ入院した視床出血例を対象にpushingの有無と画像所見を後方視的に調査し、視床出血例がpushingを呈する要因について検討したので報告する。
【方法】
急性期病院を経て当院に入院し、理学療法が処方された視床出血15例(男8名、女7名、平均年齢69.3±11.6歳)を対象とした。Pushingの有無判定にはscale for contraversive pushing(SCP)を用い、各項目>0を満たす場合をpushing有りと判定し、SCP値は初期評価の結果を採用した(平均25.2±14.1病日評価)。画像所見は入院時に撮影されたCT画像を利用し(平均23.9±13.7病日撮影)、視床出血に伴う損傷部位を各例で列挙し調査した。また、今回利用したCT画像は発症から撮影実施日までに各例で差があり、CT画像上の陰影が血腫、出血に伴う浮腫、血腫・浮腫消退後の瘢痕であるかは判別が困難であったため、正常から逸脱した陰影を示すareaは全て損傷部位として判断した。
【説明と同意】
本研究の調査を行うにあたり、当院の倫理委員会の承認を得た。
【結果】
視床出血15例中pushingを呈したのは6例(男4名、女2名)で、平均年齢74.5±5.01歳、病側右3例、左3例であった。CT画像による損傷部位の調査では、全例で視床後部の損傷を認め、また14例で内包後脚のいずれかの部位に損傷を認めた。さらにpushingを呈した6例は、レンズ核へおよぶ損傷が認められ、内包後脚における共通した損傷部位は上視床脚であった。
【考察】
現在、pushingの発現メカニズムとしてsecond graviceptive systemが注目されており、Johannsenは、そのsystemをネットワークするsecond graviceptive cortexが中心後回、島後部、視床後外側部に存在するとしている。またKarnathは、視床出血例28%にpushingを認め、その出現に傷害サイズが関連することを報告している。今回のCT画像による調査では、全例で視床後部に損傷を認めたが、pushingを呈したのは15例中6例であった。さらにpushingを呈した6例はレンズ核におよぶ損傷が認められ、視床出血に伴う損傷が広範囲な場合にpushingは呈しやすいというKarnathの報告に一致すると同時に、視床出血例におけるpushingの発現にレンズ核の関連を示唆する結果となった。本来、大脳基底核は前頭連合野や運動関連領野と大脳皮質-基底核ループを形成する。その中で視床は中継核、レンズ核である被殻、淡蒼球はループの入力・出力部、上視床脚は通過点としての機能を担い、運動が合目的的に実行できるよう姿勢を調節している。また、このループは近傍の島皮質への関与も推察され、視床及びレンズ核の損傷は、second graviceptive systemや垂直定位をもとにした運動制御の破綻を助長すると考えられ、視床出血例がpushingを呈する要因になると推察される。
【理学療法学研究としての意義】
Pushing例の損傷部位、現象の程度、回復過程は個々によって様々であり、各例でその背景を考察することは理学療法を実施するうえで前提となる。今回、CT画像を利用した調査により、視床出血例におけるpushing発現において損傷部位の傾向が確認できた。このことはpushingに対する治療方法を検討する一助になると考えられ、今後、損傷部位を検討材料に加えて調査を継続し、有効な治療方法確立を探究していきたい。