抄録
【目的】手の左右認識課題は写真に写った手の左右を識別する課題である.いくつかの先行研究で,刺激に用いられる手の写真に心的に自己の手を合わせるのに必要な回転角度に応じて反応時間が延長することが報告されており,身体図式に基づいた心的回転課題として考えられている.このような背景から,Massimilianoらは潜在的な運動イメージ能力を評価する方法として本課題を用いている.近年,脳卒中患者の理学療法において運動イメージが注目されているが,客観的な方法は少なく,本課題が有用である可能性がある.しかし,ジストニア患者や一部の脳疾患患者などでは本課題でうまく運動イメージが行えないことや視覚イメージが優位になる可能性も報告されており,脳卒中患者でも本当に運動イメージによる心的回転を行っているかどうかは疑問が残る.また,そうであれば本課題遂行能力が運動機能や感覚障害などと関連する可能性がある.そこで、本研究では脳卒中患者において手の左右認識課題を実施し,心的回転角度別に分析を行い,運動機能や感覚障害などとの関連を検討した.
【方法】脳卒中患者で,課題理解が可能な75名(男性41名,女性34名,平均年齢64.9±10.7歳,右麻痺35名,左麻痺40名,発症から448±581日)を研究参加者とした.各参加者の上肢運動機能を上田らの片麻痺機能テスト(以下,HG)で測定し、上肢の表在・深部覚については正常~脱失を0~4にスコア化して用いた.
課題は,ノート型PCに手の写真をランダムに1枚ずつ表示し,参加者に写真の左右を判別し,対応するボタンを押すよう求めた.写真は左手掌面,手背面の正面を基準とし,それぞれを90°,180°,270°回転させたもの,さらにそれらを左右反転させた16種類を1セッションとし,計3セッション実施した.各写真において写真提示からの回答反応時間(以下,RT)とその正否を測定した.また,RT左右一致比(以下,RT ratio: 麻痺側写真に対するRT/非麻痺側写真に対するRT)を算出した.
統計学的分析は参加者全体において0°,90°,180°,270°それぞれの回転角度におけるRTをクラスカルウォリス検定にて比較した.また,参加者全体においてRT,RT ratio,誤答数,HG,感覚障害,年齢,発症からの日数との関連をSpearmanの順位相関行列で求めた.それぞれの検定において有意水準を5%未満とした.
【説明と同意】すべての参加者に対し本研究の目的と方法を説明し,口頭あるいは書面上にて同意を得た.
【結果】参加者全体の0°,90°,180°,270°それぞれの回転角度における平均RTは2.32sec, 2.53sec, 3.46sec, 2.70secであり,90°と270°間以外のすべてに有意差がみとめられた(P<0.01).180°では誤答数が最も多く,44.9%であった.各項目の相関についてはRT ratioとHG(ρ=-0.388, P<0.01),誤答数と表在・深部覚(ρ=0.73, ρ=0.81, P<0.01),年齢とRT(ρ=0.348, P<0.01)に有意な相関がみとめられた.
【考察】参加者全体において健常者などにおける先行研究と同様に各回転角度のRT間に有意差がみとめられた.このことから,本課題遂行時に心的に必要とされる回転角度に関連して,RTが変化していることが推察された.また,運動麻痺が重度であると麻痺側写真に対するRTが非麻痺側写真のRTに対して大きくなる傾向があり,麻痺の重症度と潜在的な運動イメージの困難さとの関連が推察された.さらに,感覚障害が重度であることと誤答数の多さに関連がみとめられ,本課題に必要とされる身体図式が感覚障害の影響を受けていることが推察された.これらより,脳卒中患者でも手の左右認識課題において潜在的な運動イメージによる心的回転を行っている可能性が推察された.しかし,180°の回転角度では難易度が高く,心的回転が行えていない可能性も考えられた.
【理学療法学研究としての意義】近年運動イメージや身体図式が理学療法治療で考慮されるべき要因として注目されている.しかし,それらの評価の多くは主観的であり,客観的に評価する指標は少ない.本課題は身体図式に基づいて心的な回転を行って回答すると考えられており,潜在的な運動イメージ能力を評価する客観的な指標として利用できる可能性がある.また,MoseleyらはRT ratioが高い慢性痛症患者において運動イメージ課題を行うと腫脹や疼痛が悪化しやすい傾向があることを報告するなど,運動イメージを利用した治療法の適応を考慮する指標として用いることができる可能性がある.本研究により,脳卒中患者においても上記のような指標として用いることができる可能性が示唆された.