抄録
【目的】10m歩行の所要時間の測定は、臨床場面において歩行能力の評価としてよく行われている。自由10m歩行の所要時間は最大10m歩行の所要時間に比較し、再現性が低く、臨床では用いられにくい。しかし、日常生活においては自由歩行速度を行っていることが多く、自由10m歩行を用いて評価することが重要と考える。清野らは、脳血管障害患者(以下CVA患者)の歩行自立群と監視群では所要時間の変動係数(以下TCV)に有意な差が認められ、歩行能力の指標になりうることを示唆している。また我々は第44回日本理学療法学術集会において、健常者の自由10m歩行での所要時間の標準偏差に着目し、歩行能力の評価方法について検討した内容を報告した。今回、CVA患者における平均所要時間(以下Mean)、TCV、歩行自立度の経時的変化をまとめ、CVA患者の歩行能力の経時的変化について検討したので報告する。
【方法】対象:当院回復期リハビリテーション病棟に入院されたCVA患者4症例(男性2名、女性2名、54.3±14.8歳)。症例内訳:症例A:40代女性、右被殻出血、発症後80日に下肢Br.stage6、屋外杖なし歩行自立にて退院。症例B:60代男性、左被殻出血、発症後77日に下肢Br.stage4、屋内T字杖、裸足歩行自立にて退院。症例C:60代男性、左視床出血、発症後101日に下肢Br.stage4、屋内T字杖、裸足歩行監視にて退院。症例D:40代女性、左被殻出血(開頭血腫除去術)、発症後140日、術後137日に下肢Br.stage3、金属支柱付AFOを使用し屋内T字杖歩行監視にて退院。測定方法:自由10m歩行の所要時間を16mの歩行路の10m区間にて測定した。ストップウォッチを使用し、担当理学療法士が測定を行った。測定回数は6回とし1分以内の休憩は自由にとって良いとした。対象者には「いつも歩いているスピードで歩いてください」と伝えた。調査項目:自由10m歩行の所要時間、FIMの移動項目を調査項目とした。自由10m歩行の測定が6回可能となった日から、毎週の経時的数値を後方視的にカルテより調査した。測定結果の処理方法:各症例において、得られたデータより、6回のMeanとTCVを算出した。測定可能となった日より退院までの毎週の自由10m歩行のMeanとTCVの経時的変化をグラフ化した。また、FIMの移動項目の点数についても同様に経時的変化をグラフ化した。
【説明と同意】測定に際し、測定目的を伝え口頭にて同意を得た。また今回の発表に際し、趣旨を説明後、書面にて同意を得た。
【結果】Meanは、全ての症例において測定開始後1週で大きく短縮し、その後は大きな変化を認めなかった。退院時のMeanは、症例Aは8.25秒、症例Bは13.30秒、症例Cは18.82秒、症例Dは19.11秒となった。TCVの経時的変化は、症例A、Bにおいて測定開始後3~4週までは変動したが、それ以降は2.58~4.67%の間に収まるようになった。症例C、DではTCVは減少していったが、その値が症例A、Bと比較し大きく変動していた。FIMの移動項目の経時的変化は、症例Aは測定開始後3週にて杖なし、裸足にて歩行自立(FIM7)となり、症例Bは測定開始後5週にてT杖、裸足にて歩行修正自立(FIM6)となった。症例C、Dは測定開始後2週でFIM5になったが、それ以降は変化しなかった。
【考察】自由10m歩行のMeanは、経時的変化は少なかったが、理学療法を継続しても2週以降は大きな改善を認めなかった。また、退院時のMeanは、症例A、Bは15秒未満、症例C、Dは15秒以上であった。TCVでは、Meanが短縮しなくなった後でも全症例で変化した。その変化は、歩行能力により異なっていた。歩行能力が高い症例ではTCVが減少するだけでなく一定の範囲に維持できるようになり、自立に至らなかった症例ではTCVが小さくなったが変動の幅が大きかった。以上のことから、Meanのみでは歩行能力を詳細に評価できないと考えられた。Meanに加えTCVの値と経時的変化に着目することでより詳細な歩行能力の評価が可能になると考えられた。また、TCVの値や経時的変化は、歩行能力の回復過程や自立度の判定を行う上での重要な材料となることを示唆するものと考えられた。今後は症例数を増やし、疾患別や障害別での傾向を把握していきたい。
【理学療法学研究としての意義】MeanとTCVを利用することで、これまで行われてきた10m歩行の測定結果の解釈において新しい方法を提示でき、より詳細な歩行能力の評価となる可能性があることが示された。また、今回の評価方法によりCVA患者の歩行能力の回復段階を評価、判断できる指標が得られる可能性を示唆できた。