抄録
【目的】
我々は脳血管障害片麻痺者(以下CVA)に対して,端坐位から側方へ体重移動を行う動作(坐位側方移動)を通じ,骨盤・体幹・頭部のアライメントを観察し坐位における姿勢調節能力の評価及び坐位バランスの治療を行っている.このような坐位バランスと歩行に関する先行研究では,動的坐位平衡機能が高いほど歩行自立度が高いことが報告されているが,身体アライメントの運動力学的な分析報告は少ない.そこで今回は,坐位側方移動時の骨盤・上部体幹・頭部の角度をもとに,歩行能力との関係を検討することで,今後の理学療法の評価・訓練の一助となるものを提案することを目的とした.
【対象】
対象者は高次脳機能障害がなく歩行が自立又は見守りにて可能なCVA15名(男性7名,女性8名,年齢58.8±10歳,発症後期間166±69日,身長159.2±9.1cm,体重58.0±10.9kg)であり,病型の内訳は脳出血6名,脳梗塞9名,麻痺側は右片麻痺9名,左片麻痺6人であった.また,歩行自立度別の内訳と10m歩行速度は屋外歩行自立3名(10.4±3.7sec.), 屋内歩行自立5名(13.2±3.5sec.),歩行見守り7名(38.7±25.1sec.)であった.
【方法】
計測課題は端坐位からの麻痺側・非麻痺側への坐位側方移動で,計測には三次元動作解析装置VICON MX(VICON PEAK社製)と床反力計(AMTI社製)を用いた.分析項目は,麻痺側・非麻痺側への骨盤最大側方傾斜時(Top)の床反力鉛直成分(Fz)・骨盤角度(P)・骨盤に対する上部体幹の相対角度(UT),上部体幹に対する頭部の相対角度(H)であり,各角度は矢状面,前額面,水平面を求めた.これらの角度結果は対象者の麻痺側の違いで+-が異なるため,右片麻痺者に合わせて符号変換を実施した.統計学的解析は,10m歩行速度と坐位側方移動における麻痺側・非麻痺側Top時のFz、P・UT・Hの角度関係をSpearmanの順位相関係数を用いて検討した.なお統計学的有意差判定基準は5%未満とした.
【説明と同意】
研究計画に関しては当院の倫理委員会にて承認を得て,研究実施前に各症例に対して研究内容を口頭で説明し同意が得られたのち実施した.
【結果】
10m歩行速度とTop時の各角度の関係において,非麻痺側Top時のUT側屈に有意な角度差を認め(r=-0.55,P<0.05),歩行速度が遅い歩行見守り者はUTの移動側とは逆側への側屈が小さくなっていた.また,非麻痺側Top時のH側屈にも有意な角度差を認め(r=-0.61,P<0.05),歩行速度が遅い歩行見守り者はHの移動側への側屈が小さい,もしくは同側への側屈になっていた.他の角度には有意な相関は見られなかった.
【考察】
今回片麻痺者の坐位側方移動の課題における骨盤最大傾斜時の姿勢を分析し,骨盤・上部体幹・頭部の運動が歩行能力に影響あるのか検討し,非麻痺側への移動時に特徴を認めた.坐位側方移動を臨床で指示すると,一側へ体重を移動する際に頭部が先行する症例が多いことから本研究では肩を水平に保ちながらの移動を指示した.よって移動と反対側の殿部を浮かすことが共通でおこなえていたため,移動側TopのFzや骨盤側方傾斜を歩行能力と比較したが関連はみられなかった.しかし,骨盤傾斜に対してAutomaticにおこる上部体幹や頭部の運動については非麻痺側移動Topの角度に相関がみられた.上部体幹は移動側とは逆への側屈角度が小さく,これは非移動側である麻痺側体幹筋群の求心性収縮の弱化や,移動側である非麻痺側体幹の伸張性の低下を表すものであり,これら麻痺側・非麻痺側の協調的な筋活動が低下しているものと考えられた.また, 歩行能力の低いものは傾いた上部体幹に対して頭部の逆側への側屈が起こらず,同側への側屈する者が多く,頭部を正中位に保つことが困難になっていた.なお,骨盤・上部体幹・頭部の前額面・水平面の運動については,麻痺側・非麻痺側のどちらの移動においては歩行能力に関与する有意な結果はなく、前後・回旋方向の制御に関しては個々人の制御戦略に個人差が大きいことが示唆された.
【理学療法学研究としての意義】
今回の端坐位からの側方移動の研究によって,麻痺側移動時と非麻痺側移動時には差があり,非麻痺側移動時の上部体幹・頭部の側屈角度が小さく歩行能力に影響することが分かった.坐位バランス訓練において一側へ体重移動すると骨盤傾斜がおこり,移動側の体幹筋群の伸長と,非移動側の体幹筋群の収縮が必要であり,この協調した体幹筋群活動を観察する評価視点が必要であり,治療においては麻痺側殿部支持のみならず非麻痺側殿部支持でのバランス訓練も必要である.