抄録
【目的】
重度の脳性麻痺児においては,手指屈筋の緊張亢進による過剰な握りこみが 出現する場合が多く,その対処方法は確立されていない.また探索器官として重要な手の機能が損なわれることはその後の発達に悪影響を及ぼす.そこで本研究では長期間の母指内転、手指屈曲を伴う重度脳性麻痺児の手掌面に対し接触を用いたアプローチを実施し,その即時効果と長期効果について検討した.
【方法】
対象は,当院に外来通院中の粗大運動能力分類システム(GMFCS)レベル5で手指の強い屈曲が3ヶ月以上持続している脳性四肢麻痺児7例13肢(平均月齢32.0±12.8ヶ月)であった.方法は,まず各症例にとって安楽な背臥位姿勢をとり,覚醒時に手指を他動かつ愛護的に可能な範囲で伸展させ,その指腹に対し様々な素材を用いて接触を行った.素材は手指の過剰な屈曲を出現させないよう柔らかく肌理の細かい弱い刺激のものから開始し,手指の屈筋緊張が緩むまで接触を反復した.手指の屈筋緊張の減弱を確認できた後,徐々に強い刺激(硬く凹凸のあるもの)へと段階的に変化させ学習させた.実施時間は一肢15分以内とした.筋緊張の評価は,Modified Ashworth Scale(以下MAS)と日本広範小児リハ評価セット(JASPER)変形拘縮評価法の手指伸展位での手関節背屈尺度を用い,治療実施前,実施後30分,さらに手指の過剰な屈曲が消失後6ヶ月の手指屈伸状態を比較した.なお統計処理を容易にするためMASの得点0,1,1+,2,3,4は,それぞれ0点,1点,2点,3点,4点,5点と点数化した.統計解析にはFriedman検定を用い,多重比較にはBonferroni補正Wilcoxon符号付順位検定を用いた.有意水準はBonferroni補正により1%未満とした.
【説明と同意】
本発表にあたりすべての症例の両親に口頭にて発表内容を説明し,同意を得た.
【結果】
治療実施前のMASの平均得点は3.6±0.8点,JASPERの平均得点は 1.5±0.5点であったが,実施30分後はそれぞれ1.8±1.1点,2.6±0.7点へと有意に改善した(p<0.01).この即時効果は全例においてみられた.この治療を継続することにより3ヶ月以内に手指の過剰な握りこみが全例において消失し治療は終了とした.その後さらに6ヶ月経過した時点で再評価を行ったところ,MASの平均得点は2.1±0.8点,JASPERの平均得点は3.1±0.5点で,いずれにおいても効果の持続が確認された(p<0.01).また7例中4例に能動的な手指伸展運動がみられるようになった.
【考察】
本アプローチは認知運動療法の接触課題に相当する.その認知理論によれば注意や予期を働かせて知覚探索を行う際には,その準備状態の形成のために筋緊張が調整されることが指摘されている.本研究結果においても,接触情報に注意を向けその知覚予測を形成することで過剰な筋緊張を抑制し,知覚探索のための準備状態が作り出され,それが学習されたと考えられる.また近年の発達科学の知見により,新生児の把握反射においても接触情報の変化によって筋出力が調節されることや,様々な接触情報の知覚が可能であることが明らかにされている.これらのことからも脳性麻痺児の手指屈筋緊張の調節や能動的な手指探索運動の出現には,接触情報を知覚し学習することが重要であることが示唆された.
【理学療法学研究としての意義】
本研究は対象児に反射的な反応を求めず,知覚,注意,予期,記憶といった認知過程に着目した認知運動療法アプローチの効果を示すものであり,今後の脳性麻痺児に対する認知運動療法の展開に寄与するものと考えられる.