理学療法学Supplement
Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: P1-100
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一般演題(ポスター)
重症心身障害者におけるファシリテーションボールメソッド(FBM)による自発的膝関節伸展運動への効果
佐倉井 紀子古閑 さやか豊永 一樹佐倉 伸夫
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抄録
【目的】
重症心身障害者(以下重症者)はハムストリングスの筋緊張が強く、膝関節の屈曲拘縮がみられる例も少なくない。屈曲拘縮が進行すれば立位姿勢がとりにくくなり、座位も安定しないなど日常生活に支障が出てくるため、膝関節伸展角度を保持することは大切である。また下肢の筋緊張が弛緩し自発運動の低下している場合には、循環の不良や筋萎縮などの問題も生じる。しかしこのような重症者も、ファシリテーションボール(FB)を足底に当て伸展方向に誘導すると、わずかではあるが自ら押すような動きがみられた。ファシリテーションボールメソッド(FBM)とは感覚統合アプローチの一つで、空気圧を少し下げた柔らかいボールを使い、リラックスやストレッチ効果、運動機能の向上をねらうものである。今回はFBMを自発的な膝関節伸展の筋収縮運動を引き出す方法として取り入れ、その効果を検討することとした。
【方法】
その1)膝関節屈曲拘縮の改善目的;対象1:50代女性、四肢屈曲拘縮、風に吹かれた股関節(同側型)、寝返り不可。対象2:20代男性、痙性四肢麻痺、風に吹かれた股関節(同側型)、寝返り不可、介助立位可。対象3:30代女性、痙性四肢麻痺、風に吹かれた股関節(捻れ型)、寝返り不可。対象1,2は仰臥位にて、対象3は捻れ型ゆえ膝下下垂肢位にて、足底にボールを当て伸展方向に誘導した。(左右各3、4分、両足同時5分)。約3ヶ月間、週1回のリハビリ時に行い、施行前後の膝関節伸展角度と6点評価の股関節の流れ(両上前腸骨棘と各膝関節中央の角度)を仰臥位にて測定し、股関節左右対称性の改善率は次の式にて計算した。改善率(%)={(施行前の左右偏位-施行後の左右偏位)÷施行前の左右偏位}×100
その2)筋収縮活動の確認目的;対象4:心停止後の無酸素脳症の20代男性。寝返り不可で下肢は弛緩し日常的に下肢の運動は殆どみられない。仰臥位にて足底にボールを置き伸展方向に促す(左右各5分程度)。約1年間、週1回のリハビリにて行い、筋活動の変化を追った。
【説明と同意】
各対象の保護者の方に、目的、経緯、効果を説明し同意を得ている。情報は個人が特定されないようにし、報告以外の目的に使用しないことを説明した。
【結果】
その1)FBM施行前後では顕著な改善が見られた。数値の経時的な改善は大きく見られなかったものの、生活面や行動面においての良好な変化が観察された。FBM施行前後の膝関節改善角度・股関節の流れの改善率・経時的変化は以下の通りである。対象1:平均5度・約20%・車椅子座位時に足元クッションへの接地が良好になり、座位の安定性が増した。対象2:平均約8度・約39%・介助立位時のしゃがみ込みが少なくなり、立位支持力が向上した。対象3:平均約12度・約19%・ポジションニングの工夫も合わせ、座位での足底接地が良好になった。
その2)対象4:施行当初より左下肢の踵を押す動作と右下肢の底背屈動作が見られ、5ヶ月後にはその動作も確実になった。8ヶ月後には移乗時に下肢の踏ん張りが強くなって介助量が減少し、10ヶ月後には大腿四頭筋の収縮も肉眼にて確認された。施行1年後、車椅子に浅く座った足底接地の状態で後方へキャスター1/4の回転移動がみられた。
【考察】
FBは空気圧が低いので足底にフィットし、絶えず接地面から触圧・揺れ・振動などの刺激があるため下肢を意識しやすい。FBを押せば足底に安定性が増すので、自ら膝関節を伸展しようとする動きが生じたのではと思われる。このような感覚運動刺激が繰り返されることのフィードバックと柔らかいボールゆえの弾力性とが、自発的な筋収縮を生み出したのではと考える。また両足同時に一つのFBからの刺激を入れる方法では、より対称に近い肢位にて左右の下肢が協調的に運動を起こすことで、股関節部にもストレッチ効果がうまれ非対称性が改善するのではと推測できる。今後、施行回数や頻度、ポジショニングなどの兼ね合いも考慮し検討していきたい。
【理学療法学研究としての意義】
重症者は筋緊張亢進のために逆方向に随意的な動きを持つことが難しく、そのため変形拘縮が起こってくる。体の認知も難しく、口頭指示も入りにくいため、関節可動域を維持するためには他動的ストレッチが主に使用される。このたびの試みにより、重症者でも他動的なストレッチのみに頼らず、自らの筋収縮により拘縮の進行を防ぎ、しかも自ら筋活動を増加させることが分かった。更に骨や関節がもろい重症者への他動的なストレッチは幾分のリスクを伴うが、自発的運動にはその心配もない。幼少の頃から行えば屈曲拘縮予防にもなる。施行中、対象者は苦痛の表情を見せず、むしろ安楽な様相であったことも大変重要な意味をもつ。日常の臥位や座位の際にも、足底にフィットする刺激がある状況を作ることの大切さも示唆された。
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© 2010 日本理学療法士協会
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