理学療法学Supplement
Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: P2-121
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一般演題(ポスター)
筋委縮性側索硬化症における人工呼吸器による呼吸機能評価の有用性、呼吸機能と嚥下能力、最長発声持続時間との関連性
松嶋 美正星山 伸夫
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抄録

【目的】
筋委縮性側索硬化症(ALS)は,筋委縮が全身に起こる進行性の神経変性疾患である。臨床病型としては,上肢型,下肢型,球麻痺型があり,球麻痺による呼吸障害,嚥下障害は,生命予後に大きく影響するため,呼吸機能,嚥下機能の評価を客観的に行っていく必要性は高いと考えられる。呼吸機能が低下すると疲労度も増加しやすく,日常の活動性の低下から筋力,日常生活活動(ADL)の低下と病状を進行させる可能性が高い。呼吸機能評価としては,一般的にスパイロメーターなどが用いられるが,在宅においては困難な場合が多い。したがって,在宅においても使用されている人工呼吸器による呼吸機能評価の有用性について明らかにすることを目的とした。また,特別な機器を用いなくても,より簡便に呼吸機能を評価する方法として最長発声持続時間(maximum phonation time:MPT)や嚥下機能と呼吸機能との関連性の報告は少ない。これらと呼吸機能との関連性をALS一症例について検討したので報告する。
【方法】
対象:62歳,男性。平成16年8月にALSの診断を受ける。平成18年4月に労作時呼吸困難にて気管切開し人工呼吸器管理となる。平成21年8月,嚥下機能低下に伴い経皮経食道胃管挿入術施行した。ALS重症度分類は3度であり,現在,人工呼吸器装着時間,合計15時間/日である。人工呼吸器の設定は,従圧式,SIMV/CPAPであり,換気回数は8bpm,吸気圧は10cmH2O,吸気時間は1.0s,圧サポートは9cmH2Oである。
平成20年7月から平成21年9月までの1年2ヶ月,評価回数は43回であった。呼吸機能評価としては,人工呼吸器(LTV950 Ventilator)にて推定一回換気量(Vt)を一分間計測し,平均値をVtの計測値とした。人工呼吸器装着にて,深呼吸を3回してもらい,最大値を肺活量(VC)とした。また,人工呼吸器装着外にて動脈血酸素飽和度(SpO2),脈拍(HR)は,パルスオキシメーターにて計測,安静時の呼吸数(RR)を測定した。MPTは,仰臥位にて最大吸気の後「アー」と声の続く限り発声させ,その持続時間を計測した。嚥下機能評価としては,反復唾液嚥下テスト(repetitive saliva swallowing test:RSST)を実施した。これらを呼吸苦の訴えがない日(良好群),あった日(不良群)で群分けし対応のあるt検定を用い,また各検査値との関連をスピアマンの順位相関係数で求めた。いずれの解析も有意水準は危険率5%未満とした。
【説明と同意】
症例報告にあたりご本人,ご家族の承諾は得ている。
【結果】
各群の平均値は,良好群:Vtが501.4±41.2ml,VCが1094±63.4ml,SpO2が95.6±0.0%,HRが72.1±6.9回/分,RRが23.2±5.4回/分,RSSTが3.1±0.6回,MPTが7.9±1.7sであった。不良群:Vtが431.8±44.8ml,VCが941.3±80.7ml,SpO2が94.6±0.0%,HRが81.6±9.1回/分,RRが28.3±5.8回/分,RSSTが2.8±1.0回,MPTが7.2±1.5sであった。Vt,VC,HR,RRは,両群間に有意差が認められた(p<0.01)。SpO2,RSSTとMPTは不良群で良好群より低下する傾向はあったが,有意な差は認められなかった。各検査値の関連性は,人工呼吸器の計測値であるVtとHR(r=‐0.58,p<0.01),RR(r=‐0.47,p<0.01),VCとVt(r=0.62,p<0.01),RR(r=‐0.48,p<0.05)で中等度の相関が認められたが,他の項目においては有意な関連性は認められなかった。
【考察】
本症例の体調が良い時と悪い時の両群間で人工呼吸器の計測値であるVtやVCに有意差が認められた。これは,実際に訪問時前の昼食で誤嚥した可能性があるという本症例の訴えやその日における痰の吸引量,回数が多かったことから,SpO2に有意な低下は認められなかったが,下気道の痰などの貯留による閉塞が考えられる。また,RRとの関連性が認められたことから,呼吸補助筋の疲労などによる胸郭のコンプライアンスの低下などがVtやVCの低下に反映したと考えられ,呼吸機能評価の計測値として有用だと考えられる。
RSSTとMPTに関して,不良群で計測値が低下する傾向はあったが,有意差,関連性が認められなかったのには,様々な要因が考えられる。まず,本症例の身体機能が二つの計測値を反映するほど低下していなかったこと,ALSの病態を考慮すると複数回の評価が不可能であったことにより,計測値の信頼性が低下していること,カニューレのカフ,気管切開部からの空気の漏れなどが考えられる。RSSTとMPTには有意差が認められなかったが,ALSの場合,呼吸障害,嚥下障害は直接的に生命予後に影響してくるため,これら簡便な評価の信頼性を高めていくことは重要だと思われる。
【理学療法学研究としての意義】
在宅においても人工呼吸器による客観的な評価により,利用者の呼吸機能の把握がある程度可能であることを証明した。

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© 2010 日本理学療法士協会
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