理学療法学Supplement
Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: P2-122
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一般演題(ポスター)
有機リン中毒によりジストニアを呈した1症例
岡田 亘史吉田 昌弘
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抄録

【目的】有機リン中毒患者ではアセチルコリンエステラーゼ(ChE)が阻害され、副交感神経や運動神経が興奮状態となる。有機リン剤は血液脳関門を通過するためムスカリン様作用、ニコチン様作用、交感神経様作用、中枢神経作用などが複雑に重なり、重度な場合は遅発性ポリニューロパシーを呈することもある。有機リン中毒の回復を示す指標としてChE値が用いられる。元々、有機リン中毒患者は症例数も少なくリハビリ対象になることも稀で、さらに患者個々に多彩な症状を呈するため、有効な運動療法の報告がほとんどない。今回我々は呼吸機能が改善し、ChE値が正常範囲内まで回復したにもかかわらずジストニアの増悪により歩行障害を呈した症例を経験したので報告する。
【方法】症例は、自殺企図により有機リン剤(スミチオン)を飲み中毒症状のため救急搬送され、発症直後は呼吸障害および著明な筋力低下を呈していたが、呼吸障害が改善したため当院にリハビリ目的で転院した75歳の女性である。転院時に筋力低下はみられたものの、失調症状や歩行障害はみられなかった。ADLはBarthel Index(B.I.)にて80点であり身体機能も改善傾向にあった。しかし2週間後、本人より下肢がうまく動かせないとの訴えがあり、再検査したがChE値・筋力に著明な変化はみられなかった。この時点でB.I.は65点に低下し、歩行時において頸部(特に右)では僧帽筋上部繊維、肩甲挙筋及び胸鎖乳突筋の筋緊張が亢進し、下腿(特に左)では下腿三頭筋、前脛骨筋及び長趾伸筋の同時収縮性の筋緊張亢進を認めた。治療方法は、体幹機能に問題がほとんどなかったため、仰臥位と座位で頸部の持続的な筋収縮に対し触圧覚刺激およびモビリゼーションにて筋緊張の調整を図り、足関節の異常筋緊張に対しては座位にて筋緊張の調整をはかった後、足部へ様々な感覚入力をさせながら随意収縮を促した。1日40分間を2週間実施し、訓練前後の立位場面での頸部の側屈角度、立位保持時間、歩行時の足趾過伸展の有無、Time Up & Go(TUG)をそれぞれ評価し比較検討した。
【説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に基づいたものであり、本人と家族に対して十分に説明し同意を得ており、同意書を作成し当院の倫理規定に基づき倫理委員会において承認されている。
【結果】2週間後、下腿の異常な筋緊張亢進による足関節の底屈が改善し、歩行時の足関節背屈を代償する足趾の過伸展を抑制する事ができた。さらに、立位保持時間やTUGにおいても向上しており、トイレ動作や移乗動作及び歩行が自立したことでB.I.90点に向上した。しかし、頸部においては筋緊張の抑制はできたものの、動作時に筋緊張が亢進し右側屈するため改善には至らなかった。
【考察】本症例の頸部は、動作時右側屈が徐々に著明となるが自覚はなかった。訓練直後は筋緊張の亢進を抑制することが可能だが、訓練時以外では頸部への注意力が不十分となり筋緊張が亢進していた。筋緊張亢進の原因は病室のスペース的な問題で起居動作を同じ方向へばかりしていたためだと推測された。よって、病棟内で両側方向への起居動作を促すよう本人や病棟職員にも指導する必要があったと思われる。また、下腿では特に下腿三頭筋の筋緊張が亢進しており臥位や坐位で左足関節が底屈位を呈する。立位や歩行時では、意識的に底屈位を抑制し、前脛骨筋や長趾伸筋の同時収縮が亢進するため過度な足関節背屈・足趾の伸展が起こったと考えられる。これに対し、体幹機能や下腿の表在・深部感覚は共に異常がなかったため抗重力位にて足底部からの様々な刺激入力を行ない下腿三頭筋の随意収縮を促すことでフィードバックを実施した。これにより足関節の底背屈運動が随意的にコントロールでき、次第に下腿三頭筋の筋緊張を抑制することが可能となったことで、前脛骨筋・長趾伸筋の異常な同時収縮が軽減され、歩行能力が改善されたと考えられる。本症例は、訓練開始時より頸部の筋緊張亢進に対して自覚がなく、頸部が側屈しないよう意識し継続することができなかった。そのため、二次的な皮膚・筋の短縮が残存した。頸部の側屈が増悪すると、基本動作能力や歩行能力に影響がでる可能性も考えられる。そのため、本症例が頸部を意識する工夫や二次的に起こりうる障害に対して説明や指導が必要であると考える。また、現在下腿の異常な同時収縮を抑制できたため歩行能力は向上しているが、血液検査で異常値を示していない場合でも再び異常筋緊張が出現する可能性があるため今後も注意深く経過観察及び治療が必要であると思われる。
【理学療法学研究としての意義】有機リン中毒は様々な症状を呈し、重度の場合長期にわたって障害が残存するためリハビリ対象になりえる。しかし、理学療法について有効な治療方法や症状の報告は少ない。そのため、有機リン中毒患者1症例の症状と治療経過を報告した。

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© 2010 日本理学療法士協会
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