理学療法学Supplement
Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: P3-099
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一般演題(ポスター)
体幹の偏倚を主症状とした、延髄外側梗塞例へのアプローチ
伊藤 正志小林 美奈子酒井 伸子清水 雄策
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抄録
【目的】
体幹の偏倚を主症状とする延髄梗塞は比較的珍しいとされ、報告も散見される程度である。またこのような症例に対する理学療法の効果については、検討も十分になされていない。そこで今回、体軸の偏倚が主要な問題となった延髄外側梗塞症例に対するアプローチを模索した。
【方法】
MRI画像診断にて脳幹梗塞(延髄外側部)の診断をうけ、小脳性失調症状が軽度であったにも関わらず、体軸の左側方への偏倚が見られた症例に対し、A;視覚的垂直刺激の呈示、B;右臀部側面への触覚刺激の呈示、C;弾性包帯による四肢近位部への圧覚入力の強化、の3 通りのアプローチを試行し、介入法の効果判定を行った。効果判定の方法〔1〕介入直前と介入直後の閉脚立位姿勢を前額面よりビデオ撮影をした。〔2〕両側内果間の中点を通る床への垂線と、両側内果間の中点と胸骨頸切痕を結ぶ直線によりなす角を偏倚角とした。〔3〕この偏倚角を基準とし、より偏倚角が小さくなったものを介入効果があると判断した。この効果判定で得られた結果について考察した。
‹症例›脳幹梗塞(左延髄外側部)。70代男性。右利き。最終学歴は高校卒業。左上肢の痺れと左下肢の脱力感で発症。
‹介入開始時の身体所見›発症10病日目。運動麻痺はBrunnstrom stage(以下BRSとする)にて左上肢6、手指6、下肢6、左顔面・右上下肢体幹の軽度表在知覚低下(8/10)、左顔面の発汗不良、ごく軽度の左上下肢・体幹失調あり。体幹の立ち直り反応は良好。端座位は体軸が左へ偏倚しているが保持可能。立位姿勢は歩隔が広く左方向への体軸の偏倚著明。閉脚立位・片脚立位困難。ロンベルグテスト陰性。手すり使用・平行棒内での歩行は可能。Barthel Index(以下B.Iとする) 85点(歩行、階段、入浴にて減点)。高次脳機能検査:Mini Mental State Examination 27/30点。改訂長谷川式簡易知能評価スケール 29/30点。コース立方体テスト43点。認知面の問題は少ないが空間内定位の問題、視覚と運動の協応の問題が認められた。
【説明と同意】
今回の発表につき、症例に対しては事前に研究の趣旨および方法、ならびに個人が特定されないよう配慮のうえ公表することを説明し、研究への参加、およびビデオ撮影に関する同意を得た。
【結果】
体軸偏倚角度:介入前10°介入A;7°B;3°C;5°と介入Bが最も有効であった。その後も経時的に比較を継続したが、どの病期においても介入Bがより有効であった(効果的であった)。
‹経過›発症後39日目、介入開始より29日目に自宅退院した。
‹退院時所見›運動麻痺は変化なし。左顔面・右上下肢体幹の表在知覚低下、左顔面の発汗不良は残存。端座位・立位姿勢は体軸の偏倚が減少。閉脚立位保持可能。片脚立位・マン肢位は依然困難だが、独歩可能。階段昇降は手すりなし、一足一段にて自立。B.I 100点。高次脳機能検査:コース立方体テスト51点。空間内定位課題にて改善が見られた。
【考察】
今回の症例においては、各介入方法の中で臀部側面からの触覚刺激が体軸の修正に対して最も有効であった。姿勢保持に最も重要な入力系の機構は前庭覚、体性感覚、視覚といわれている。しかし延髄外側部の梗塞は、後下小脳動脈の閉塞によるとされており、同動脈領域の小脳梗塞では視覚情報に基づく運動学習が障害されると報告されている。また体幹の偏倚のみを呈する延髄梗塞の責任病巣は延髄吻側と尾側の二箇所が考えられ、吻側病変では下小脳脚付近で前庭神経核またはオリーブ小脳路の障害、尾側延髄では背側脊髄小脳路の障害があると報告されており、本症例においてもMRI上、小脳の障害は認められないが下小脳脚や背側脊髄小脳路に障害があることが考えられる。そのため視覚情報に基づく運動学習は障害され、視覚的垂直刺激の呈示は有効ではなかったことが推察される。また本症例は失調症状がごく軽度であり、失調に対する一般的なアプローチ法である弾性包帯による四肢近位部への圧覚入力の強化もあまり効果的ではなかったと考えられる。健側臀部側面からの触覚入力が、脳損傷後の座位保持訓練に有効であることは報告されており、今回、立位姿勢においても同様の結果が得られた可能性が示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
延髄外側梗塞に対する基本的なアプローチ法以外にも、同梗塞例には特異的な体軸偏倚に対してはより有用となりうる方策があった。しかし、臀部側面からの触覚刺激による姿勢調節のメカニズムについてはまだ明らかではなく、今後検討する必要性を感じた。
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© 2010 日本理学療法士協会
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